世界遺産 熊野那智大社


熊野那智大社

「 神倭磐余彦命はこの地に上陸され、八咫烏の案内で大和の地に着き
神武天皇となられました。その時に那智の瀧を大己貴命の御霊代として
祀られたのが那智山信仰の起こりと伝え、仁徳天皇五年(約一六八〇年前)
この地に社殿を建立したと伝えています。
 」(案内の看板より)


防災道路 那智大社下の駐車場
防災道路 那智大社下の駐車場
駐車場の係りの人に教えてもらった道。
カーブばかりが続いていて、途中には車も停まっていたり
脇に民家があったりした。植木もきれいに整えられていた。
そんなに広くはない駐車場で、写真の左手はもう
那智大社への階段になっていた。
平日だからか、ぽつぽつと車が停まっていた。
もう那智大社が目の前 左の写真の場所からの左手の景色だからか
もう那智大社が目の前 左の写真の場所からの左手の景色
この石段を登ると、那智大社がもう目の前。 急な石畳の道や山道がこの参道に続いているらしい。
途中にはお土産屋さんが連なっていたり
滝がよく見える茶屋もあったと聞いた。
登った階段を振り返る 天然記念物 那智の樟
登った階段を振り返る 天然記念物 那智の樟
山の美しさに見とれていると、写真中央の
長い金髪を後ろでひとつに束ねた外国の女性が、
階段の下でこちらを向いて笑顔でカメラを向けた
ことに気づいた。
思わずこちらも満面の笑みでVサインポーズをとった。
撮影の邪魔になってしまったかも、と後で少々後悔した。
日本人の夫婦とご一緒で
丁寧に発音されているような英語で話していて
聞き取りやすく、つい耳を傾けてしまっていた。
日本の桜と自国の桜の比較の話が聞こえた。
この老樟は古来樟の精にあやかって
樟霊社とし、又、無病息災を祈り長寿を願って
多くの人々に崇められています。
」(看板より)

と、樟の木の空洞を通り抜ける
「樟霊社胎内くぐり」ができる、それほどの老大木。
無病息災で長寿にあやかりたいと最初に思った人
の気持ちがよくわかる気がした。
那智の樟の看板 西国第一番札所(那智山青岸渡寺)
那智の樟の看板 西国第一番札所(那智山青岸渡寺)
「 和歌山県指定文化財
天然記念物 那智の樟(くす)
 この樟は、樹齢約八〇〇年と推定され
樹高は二十七メートル、幹回り約八.五メートル、
枝張るは南北二十五メートルもあります。
 県下でも珍しい樟の大樹で、根幹部は空洞化しています。
 熊野三山造営の勅使として参った平重盛の手植えの樟
と伝えています。 熊野那智大社
 」(看板より)
那智大社の横のこのお寺が、西国三十三箇所巡りの
第一番札所になっている。
また来ることがあるかないかわからないが
納経帖に朱印を受けて帰った。
天然記念物 ヤマザクラの名木 ヤマザクラの下の看板
天然記念物 ヤマザクラの名木 ヤマザクラの下の看板
平地より季節が遅れていて、山桜が満開だった。
立て札を読むと、やはり名木と呼ばれるだけあって
立派な枝ぶりに驚いた。
古木なのに枝の先まで花を咲かせて
丁度満開の時に出会えて嬉しかった。
和歌山県指定文化財
 天然記念物 ヤマザクラの名木
指定 昭和四十年四月十四日
このヤマザクラは樹高は十五メートル、
幹の周囲は約二メートル程あります。
藤原秀衡が熊野詣の時に奉納したと伝えられ
別名白山桜と云われます。
開花は遅く花は霞のようにたなびきます。
」(看板より)


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