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何もかも憂鬱な夜に



中村文則

境遇に負けて(負けると言っていいなら)死を選んだ真下。孤独の中で人を殺してしまった山井。刑務官の僕は考える。

中村さんの作品は「掏摸」から読み始めた。日ごろさまざまな小説の世界を楽しんでいると、たまにその後の彼の作品を手にして暗い世界観の中にしゃがみ、自分を見つめたいような気持になる。

この作品も 読んで楽しい話ではない。今までの作品に多い、心の底の暗部が現実離れした時間の中でゆっくり露呈してくるような特殊な日常ではある。それが今回は明確な形になって、人物や、境遇に見える。人物や仕事なりに具体性があり、読みやすくわかりやすい。
ほかに読んだ作品とはすこし印象が変わってはいるが、テーマはやはり、重い感じに閉じ込められてしまう作品にはなっている。

施設育ちで、刑務官になった僕。同じ施設育ちの真下が自殺し、そのノートが送られてくる。
家族も兄弟もなく自分の求める小さな幸福の当てもなく、真下の持つ憂鬱や混沌が彼を水に誘う。水に入り流された真下が僕は理解できる。

僕も施設で身を投げようとした過去がある、だが、施設長によって心身ともに救われて成長する。本や音楽をあたえられ人生の深さや広がりを感じられるようになっていく。

しかし、いまでも僕の心の底には暗い川が流れていて、交代制で収監者を看、罪について語るのを聴きながら、自分をもてあます事もある。

一月の差で少年法が適用されなかった 山井という男が入ってくる。二人の男女を意味もなく殺害した罪で、二週間後に処刑されることになっていた。説得してもがんとして控訴をしないと言う。
彼は今まで生きてきて虐待にはなれてはいたが、ついに逃げ出して熱が出て倒れ、仰向いて夜空の月を見たとき、今までになく深い深い孤独を感じた。気がついたとき二人の人を意味なく殺していた。彼は死にたかった。殺した後は「死ぬのが俺の役割だ、なるべく早く」と刑務官に訴えている。

僕は、「控訴をして心情を話せ」と言う。彼の死刑判決は変わらないかもしれないが、今ある命というものについて、お前は使い方を知らない、お前は知るべきだ。控訴してみるべきだ。死刑は変わらなくてもという。

僕は、何も知らない彼に、昔施設長が貸してくれた 本や音楽や映画のことを話しかった。彼は何も知らないまま死ぬ。
死刑という制度とは別に、自分に与えられた命について考えて欲しかった。

遺族と死刑囚の間にある死刑制度について、刑務官も考える。そして囚人も考える。刑務官と言う仕事は、命の重みにじかに接する仕事である。

控訴した山中から手紙が来た、本を読み音楽を聴き、罪について考えをめぐらし始めていることを知る。そして自分と殺した人たちの本当に人生について考えるのが遅かったが、やはり罪は死で購いたいという気持ちは変わらないと書いてあった。

大雑把な書き方では現しきれない、僕と真下の関係、何も持たない身軽さとそれゆえに孤独に死を求めた真下と、命の世界の重みと広がりを施設長から受け取った僕。

何も持たないどん底で虐げられて生きてきた山井の孤独。時に闇の世界に迷い込みそうになる僕の夜。本書は特殊な世界でありながら、人の持つ自分だけの命を生き続ける寂しさや支えられている周りの人々との繋がりが、ありふれた生活の中に潜んでいることを考えさせられる。

この作家の書く暗さは辟易する部分もあるが、それは誰でも持っている同じ磁場を感じるからかもしれない。


お気に入り度:★★★★☆
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