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朝霧



北村薫

この本は、ページ数が少ないわりにデータ数が多くて、喜んで確かめているとなかなかレビューか書けなかった。

読んだ中には引用して残しておきたい部分も多い、本棚に保存して、折にふれ取り出して読み返せばいいと思うが、こうして書き残す作業で、再読するころには少しは鮮明な記憶が残っていて欲しいと思うけれど…… ムリカ…。

これで「円紫師匠と私シリーズ」が終わる。たまたま読み始めた本だったのに随分影響を受けた。読書の幅が広がった気もする。
子どもの頃から本好きできたが、なぜこんなに読むべき本を読み残していたのか、ここで紹介されて気がついた。
読書に向かう姿勢を見直すことが出来たということが、このシリーズを読んで一番感謝するところだ。
博覧強記で知られる北村さんの文章が、温かく地味豊かだということが、好奇心ともども本を読み続けるもとになっていて、とても後味がいい。

〇 山眠る
「私」は卒論を提出して、卒業後の研修プログラムも出来、卒業後の就職先の人たちと付き合う時間が増えた。学生生活で限られていた行動半径も広がっている。
たまたま小中で同級生だった本屋の子と出合った。今は本屋を継いでいると言う。そこで母が通っている「俳句の会」の先生の噂を聞いた。
彼は「先生がいい年をしてエロ本をごっぞり買いこんで行った」という。
顧客情報をそんなに安易に漏らしていいのだろうか《私》は気分がよくなかった。
《私》は先生があちこちでエロ本を買っているわけを知る。謎は解けた。暖かい親心を感じるエピソード。

この章は、眼から鱗の俳句の話もメインになっている。
母が、指導を受けて居た先生が俳句の指導をやめるのだと残念がっていた。母から最後に先生が披露した句をきいた。

 「生涯に 十万の駄句 山眠る」 

ジンときて感無量。長年支えになっていたものをイザやめようとしたとき、それは生きてきた潔さと重さになって残る。

〇「走り来るもの」
「私」は卒業して勤め始めた。
この章は二者択一の妙というものがテーマだ。有名な話だが。「女か虎か」女王が愛した若者の前に檻が二つある、王族との禁じられた恋というので裁判にかけられている。檻にはそれぞれ「美女と虎」が入っている。王女はそれ知っていた、若者は教えてくれると期待している、サテどちらを開けたのか。そこから男と女の愛の話になり、源氏物語の「すこし」という言葉にうつっていく。
円紫さんの落語も効果的にでる。
短いが読むのが実に楽しい。

さてあの絶世の美人なのに振られたお姉さんが、勇気を売り絞って、しどろもどろで電話をかけてきた誠実な男性と結婚して、はや女の子がうまれた。めでたい。

〇「朝霧」
三角関係の人たちの、コンサートのキップをめぐって起きる謎を解く。
円紫さんから「仲蔵」の話を聞く。

鎌倉に行ったついでに教師になった正ちゃんの家に泊まり江美ちゃんの赤ちゃんを見に行くことになる。

二人で数字ばかりの和歌の謎、漢字ばかりの和歌の謎に挑戦する。解が面白い。

〇メモ
《蚊柱のいしづゑとなる捨て子かな》池西言水

「この言葉に芥川が敏感でない筈はありません。少なくとも実の親からはなされた子という題材に対して、敏感でない筈はないとおもうのです」
「私」はそれを知った時、芥川が言水の句を読んだ時の心の揺れを、一瞬、共有したような気がした。
これからも私は本を読んで行くだろう。そして本は、私の心を様々な形で揺らしていくだろう。

無数の人が「私」の前を歩き、様々なことを教えてくれる。「私」は先を行く人を、敬し、愛したい。だが、人に知識を与える《時》は、同時に人を蝕むものでもあるのだろう

<山眠るより>

「たまたま 山本健吉の「新撰百人一首」というのを見ました。加藤楸邨は何が選ばれているのかと思ったら《日本語をはなれし蝶のハヒフヘホ》でした」
「僕にはわからない。仲間に俳人がいますのでね《これはいいものですか》と聞いたら、じっと見て――《いい》」
「《いい》といえるものがそれだけある。見えることは世界が豊かだということでしょう。羨ましいと思いますよ」

<円紫さんのことばより>

夢の世界は個人のものである。当人が言わない限り、誰にも覗けない。絶対の謎である。そこが見たくなったときに起こる奇妙なもどかしさ。

《知りたい》という噺より

北村さんの本はまだ積んである。読み終わったので忘れないうちに書いておかないといけない。


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