全米図書賞。 全米書評家協会賞受賞作。
故郷のテキサスからメキシコに不法入国するいきさつや、つねに寄り添っている馬、行動を共にする友人も、少年というより未成年、未成熟な年頃の、精いっぱい運命に向かう姿が痛々しくもありどことなく危うい。
16歳の少年の(アメリカだからもう充分大人だけれど)青春、成長譚だ。
コーマックのドライで区切りの少ない独特の筆は、ユニークではあるが読みなれると違和感がなくなり不思議なリズムに乗ることができる。
コーマック・マッカーシーを読むのは、その風景描写が美しい、だがただそんな風景を写し取るだけでなく、風や雨や、砂漠に舞う土埃、枯れた川の荒々しさなど、読んでいる周りにその気配が立ち込めてくるような文章が素晴らしい。言葉はそっけないほど細かな説明がない分、情感がすくないけれど詩的で快い。
こういった表現が 先に読んだ
「チャイルド・オブ・ゴッド」や 「ザ・ロード」 のような心にのこる作品になっていったのだろうか。悲哀、哀歓、人間の持つ究極の孤独を書くにふさわしい。
この国境シリーズ(と呼ばれている)の残る二冊も楽しみだ。
テキサス生まれの少年の名はジョン、グレイディという。彼は、戦後無気力になった父親と彼が生まれてから唯一の慰めであった牧場を売って出て行きたい、そんな母親の元を去る決心をする。
馬と過ごす牧場の生活を求めて、親友のレーシー・ロリンズと二人、リオ・グランデを渡る。
途中でひ弱で年下に見えるがやはり一人旅のジミー・ブレヴィンズが加わる。彼は過去に雷に打たれ身内が何人も死んだこともあり極度に雷を怖がっていて、広い草原や砂地で雷雲を見ると怯え、手を焼かせる。
そして彼のこの恐怖が、ふたりを苦境に陥らせる。
雷におびえている間にブレヴィンズの鹿毛が逃げてしまう。
彼はそれを探し当て取り返すのに三人を殺してしまう。
メキシコの牧場に雇われた二人は生きがいを感じて充分によく働き重宝される。しかし、グレイディは帰省していた牧場主の娘に恋をして、二人は突っ走ってしまう。しかし将来はなく、牧場から出て行かなくてはならなくなる。この牧場の実権を握る大叔母の説教は、彼女の生き方の長い歴史であり、若い二人に理解を示しながらもやはり大人の分別を超えることがない。この長い話を入れた叔母の意図はよく分からないまま二人は牧場を放り出される。
ブレヴィンズの起こした殺人事件で二人は共犯になり刑務所に入れられる。そこで、捕まっていたブレヴィンズに出会うが、彼は警官に連れ出されて射殺される。このあたり暴力が蔓延する刑務所の中、マッカーシーの描写の面目躍如といったところで迫力がある。牧場の大叔母の手引きだろうか、二人は奇跡的に救い出されるが、帰省する前にちょっと警官を探して気合の入った復讐に向かう、ここにきてまさに西部劇の世界。クレイディの若さと血の熱さ、無鉄砲なところ読んでいても力が入っていい。
旅の途中二人の若者がぽつぽつと語彙の少ない会話を交わす、それは深い意味を持つ言葉だったが、答えはいつも、わからないな、知らないな、で納得する。このあたりの会話も生き生きとして、このわからない世界の深みを少しずつ知っていくのだろうと何か愛おしくなるところが微笑ましくてうまい。
題名にある「美しい馬」がいる風景。
命がけで行方のわからなくなった馬を探したいブレヴィンズ、いつも腕を伸ばして首をなでて話しかけ、孤独を癒しているグレイディ。町に入ると横を車が走り抜けていく。そんな時代に野生馬を集め馴らして繁殖させる牧場の生活がグレイディの生き甲斐だった。
日が落ち無数の星が中空に向かってせりあがってくる。百合や野の花が咲く松林の下で焚火を熾し、ノウサギを狩る。突然の豪雨や雨上がりの霧に閉ざされたメキシコの草原、草丈に埋もれそうな盆地、小高い丘から見下ろす風景などが、くっきりと描き出されている。