アメリカ、アパラチア山脈にある貧困部落で、母は男と逃げ、父は自殺した。身寄りがなくなったレスター・バラードが育った小屋を含め周りの土地まで、税金滞納で競売にかけられるところから始まる。
住処をなくした彼は、破れ小屋を見つけ、孤独な自給自走の生活が始まる。それが7~10歳のころ。
粗野で粗暴で村人にも馴染まなかったが、車で森に入ってきた若者のカップルを見つけて殺し、それから連続殺人が始まる。
妹に対する近親相姦から、殺した女を屋根裏に隠して死姦を繰り返し、ついには放火。
家がなくなった後は複雑な地形にある洞窟にすみ。まれな大洪水にみまわれ、犯行が現れて逮捕状が出る。弱りきった体で逃げ迷い、病院に来て自供し、死ぬ。
多くの人種が混在している、広いアメリカの社会では、こういった山間部には貧困部落があり多くの小説の題材になっている。この犯人レスター・バラードもそうした社会で、人と交わらず教育を受けないで育つ。ライフルの腕を頼りに銃をいつも持ち歩いて狩りで食べ物を得ている。無知と、生きるために食べなくてはならないその日暮らし。しかしそういった生活は、危険から身を守ることを(独白で)言葉にすることが出来ても、自分自身を振り返ってみることなどまったく思いつかない。見方によれば動物的に、本能だけで動く主人公を残酷なまでに描き出している。
陰惨な、犯人に関して言えば社会に見捨てられた悲惨な人生ではあるが、コーマック・マッカーシーが書く文章は、四季の風のそよぎであれ、吹きすさぶ吹雪に揺れる木であれ、レスターが徘徊する足の下で砕ける霜柱や、落ち葉が映つる無数の不透明なガラスのような霜柱を透る光など、澄み切った自然の風物が、テーマを浮き彫りにさせるような透明感を持って書き表す。
青く青い高い空、澄み切った流れ、野草に吹く風の音。鳥や獣の鳴き声や鳥の羽根が風を切る音。雪の上に残っている獣の足跡。作者の筆致は独特の情感を持っている。
またこの作品は、ショートストーリーを積み上げることで、シーンが違っても実に気の効いた形で、回りの雰囲気や、中でもレスターの生い立ちが徐々に判明するように話が進んでいく。
会話は括弧で囲まず詩のような箇条書きで雰囲気がいい、それも大きな特徴で、こうした構成が酷薄な事件を和らげているようにも思える。
現実に起きた事件を基にしているとも言われるが、前面の露悪的な生々しい事件の周りが,まるで別世界に思えるような爽やかで透明で、殺されて無残な姿を晒す遺体の姿まで、大きな自然の中では、最後は静かに土に返るのが自然に思える。
多くは非情な世界を書いているが、そうであっても読んでいると、こういった境遇に生まれた主人公の性のようなものから深い悲しみが伝わってくる。
マッカーシーは作品が映画化され作家として安定した。今ではノーベ文学賞候補ともささやかれているという。