この帯を読んで期待して待っていた。久しぶりに完成度の高いミステリが読める。
ストーリーは分かりやすく、読みやすいのだが、悲しいかな舞台が北極圏に近いアイスランド、登場人物の名前が出るたびに、コツンコツンとぶつかり、慣れるまで流れに乗りにくかった。
ついにグーグルアースさんのお世話にもなった。
事件は、湿地帯に建った住宅地の中にある、石造りのアパートで起きた。
半地下にある部屋は湿気と、猛烈な馬屋に似た匂いが充満した居間で、70歳前後の白髪の男が頭から血を流して倒れていた。
レイキャヴィク警察の犯罪捜査官、エーレンデュルとジグルデュル=オーリ、エーリンボルクが男の過去、背後関係を調べ始める。
エーレンデュルは娘と居間に腰を下ろした、殺人事件の捜査と経緯と現状をくわしく話した。頭の整理でもあった。ここ数日間におきたことをはっきり把握するためでもあった。死体の発見、アパートの臭い、意味不明の走り書き、引き出しの奥から発見された写真、パソコンに満載されたポルノ、墓石に刻まれた言葉、コルブルンと姉のエーリン、ウイドルと謎の死因、いつも見る夢、刑務所のエットリデ、グレータルの失踪、マリオン・ブルーム、もうひとつのレイプの可能性、エーリンの家の窓の外に立った男、もしかするとホルベルクの息子かもしれない。エーレンデュルはできる限り論理的にこれらを話した。
異常な臭気から、湿地の上に建つアパートの床を調べ、破壊された下水道のために陥没した穴を見つける。
殺されたホルベルクの港湾労働者仲間、エットリデ、グレータルを追う。エットリデは刑務所にいて、ホルベルクにはコルブルンのレイプだけでなくもう一件レイプ事件があったことを匂わす。
40年前のレイプ被害者を探す。だが女性たちには家庭があり、難航する。
最初のレイプ被害者のコルブルンは警察に届けたが、ホルベルクが、合意だった、誘われた結果だと主張して不起訴になっていた。
もう一人の被害者にたどり着く。そしてその時期に生まれた息子がいるという。
事件はホルベルクの過去とともに意外な展開を見せて終結する。
アイスランドは10月の長雨で、垂れ込めた雲の下で暗い話が続いていく。
小さな島国に暮らす人たちの生活が伺える。
エーレンデュルはこの事件に関わる仕事にたまらなくうんざりして述懐する。
「どうしたらいいのかわからない。もしかすると何もしないほうがいいのかもしれない。なにも手を出さずに、ことが起きるままにさせておくのがいいのかもしれない。全てを忘れて。なにか意味のあることをするのがいいのかもしれない。なぜこんな惨めなことに首を突っ込むんだ?なぜエットリアのような悪党と話をしなければならないんだ。エディのようなごろつきと取引をしたりホルベルクのような人間がどんな楽しみをもっていたかなど知りたくもないのに、レイプの報告書を読んだり、ウジ虫ののたくる肥だめとなった建物の土台を掘り返したり、子どもの墓を掘り返したり、もううんざりだ!」
また
「人はこんなことに影響など受けないと思うものだ、こんなことすべて、なんとなくやりこなすほど自分は強いと思うものだ。年とともに神経も太くなり、悪霊どもをみても自分とは関係ないと距離をもって見ることができると思うのだ。そのようにして正気を保っていると。だが、距離などないんだ。神経が太くなどなりはしない。あらゆる悪事や悲惨なものを見ても影響を受けない人間などいはしない。へどがのどまで詰まるんだ。悪霊にとり憑かれたようになってしまう。一瞬たりともそれは離れてくれない。しまいには悪事と悲惨さが当たり前になって、普通の人間がどんな暮らしをしているのかを忘れてしまうんだ、今度の事件はそういうたちのものだ。しまいにはおれ自身、頭の中を勝手に飛びまわる悪霊のようなものになってしまうんだ」
エーレンデュルは深いため息をついた。
「この話はすべてが広大な北の湿地のようなものだ」
かれは自分の仕事に飲み込まれないようにつぶやく。 暗い悲惨な事件は、こうして彼の人となりも浮き彫りにする。
エンターテインメントとして成功しているが、不明な部分もある。双子の姉妹を襲った迷彩服の男はどうなったのか。結婚式から消えた花嫁は何の意味があるのか。
レイプ犯が集めた容量いっぱいのポルノ映像はいたずらに醜悪感を増すばかりで、殺された男の写真趣味も思わせぶりだ。
話を人間の醜悪さに徹するなら、上記のような独白は警察官の感傷に思える。
ストレートな簡潔なストーリーは面白いし、犯罪原因も目新しい。アイスランドでと馴染みが薄い名前に少し慣れた。