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罪の終わり



東山彰良

生と死の後に立つもの、不安と恐怖と絶望の後ろにあるもの、全てを越えたとき、彼は罪をも越えて、救世主・黒騎士伝説になった。

2173年、6月16日、小惑星がNASAの予測どおり、地球に向かってきた。核ミサイルで粉砕した余波で、世界は飛来した惑星のかけらで燃え、ビルは倒れ、灰が降り積もり、北米を中心に世界は崩壊した。
残った一部はキャンディー線と呼ばれる塀で囲い込まれ、そこはまだ残っている世界の物資で擁護され生き残っていた。外に住む人たちは残った物資や食料を奪い合い、それも尽きかけていた。

彼(ナサニエル・ヘイレン)は双子の弟に生まれた。母のピア・ヘイレンは田舎では稀に見る美人で、ニューヨークに出て女優になることを夢見た。だがヒッチハイクの途中で運転手に襲われ妊娠する。
ナサニエルは自転車の後ろに障害のある兄を乗せ、鉄くずを拾って暮らしていた。ピアは最先端のVB義眼手術をナサニエルに受けさせたかった。コンピュータが義眼を通して脳に繋がれ、その威力で彼の身が守れると思ったからである。母が保険金のために弟を梁に吊り上げているところに、帰り合わせたナサニエルは母を刺殺したが、瀕死の兄はもう希望がなく、彼はその死を手伝った。裁かれてシンシン刑務所に入った。そのときナイチンゲールと名づけられた惑星が地球に接近し世界は灰に埋もれた。

刑務所から逃げ出したナサニエルは、刑務所で助けたダニーと屑鉄屋の飼い犬カールハインツ連れて旅立つ。冷えこんだ地球、生きるために飢えた人々は人肉食というタブーにも慣れてきていた。彼を崇拝するダニーはそれを「罪を罪で浄化する」といった。しかし飢えを感じないかの様なナサニエルは食べ物を人々に分け与え、避難所で休息する間、人の心を平穏に導いた。いつか彼は黒騎士と呼ばれ、伝説が生まれ始めた。

白聖書派はイエスの教えから生まれた。食人行為は決して許されない。ヒットマンが放たれ、ダニーの追跡を始めた。そしてついにナサニエルもヒットマンのノートに名前が付け加えられた。

ナサニエルは食人にはかかわらなかったが、それを罪とは認めなかった。罪にさいなまれる人々はその言葉に救われた。そしてニューメキシコを越えた荒野で、深い岩盤の亀裂の下に泉が湧いているのを知った。そのころにはナサニエルに従う人々も増えていた。深い谷底にある泉まで1571段の階段を作った。水を得て花が咲き作物が実り地熱を利用して酒も造った。人々は彼を囲んで踊った。そしてナサニエルは伝説と共にヒットマンの銃に倒れた。

彼は自分が求めることは何も望まなかった、何も持たず望まず、全ての絶望を昇華した生の限りを生きた。
彼を追い詰めたネイサン・バラードによって20年後に書かれたという、ナサニエル・ヘイレンの物語は、聖なる伝説というものがどのようにして生まれ語り継がれているかを考えさせられる。まだナサニエルに関わった人たちは生きていた。
ナサニエルはただ生きつづけることだけだった、死を超えたところで何が罪か何に価値があるのか、問いを残して死んだ。
若い彼が執着した唯一のぼろオートバイそれに彼は未来の夢を描いていた。80キロの道のりを自転車に弟を載せた籠をつけてエンジンを求めて走った、帰る途中で手に入れた喜びも夢も粉々に打ち砕かれた、人間の悪意に彼の心が砕けた。

最大の山場をいくつも越えて物語を十分楽しんだ。
作者は背景も人物造形も読者をひきつける技に優れていて面白く読み応えがあった。

「ザ・ロード」には救いがあった。だがこの物語は、まるで異界のような終末の地球で黒い意志から生まれた伝説と、おぞましくも悲しく短いナサニエルを巡る生涯を描いていた。


お気に入り度:★★★★☆
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