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ゆっくりさよならをとなえる



川上弘美

辛い本もあればこんなにゆったり、ほっとする本もある。

一編が文庫3ぺージに収まる長さで、ほっと心が休まるエッセイ集。
あ~そうですそうですと、思い当たるようなちょっとした出来事や、出先で見聞きしたことなどが書いてある。
中でも川上さんが引用されている本は、読みたくなってしまう。

好きな食べ物は飽きるまで食べる、なんかそのこだわりが良く分かる。私も米粉パンを卒業して今は塩バターパンに凝っている。

どこを読んでも、川上さんの人柄がにじみ出ている。拘らない楽そうな生き方や、作家で主婦でお母さんの、ゆったりした毎日が微笑ましい。
身近なものに向ける視線もユーモア含みのほっとする文章が納まっている。

織田作之助の「楢雄は心の淋しい時に蝿を獲った」にふれ、そうやって楢雄は自分の不器用な生をめいっぱい喜んでいたんじゃないだろうか、その人の奥底も知らずに、と思う。
少し淋しかったので風呂場に潜んでいた蚊を潰した。

言葉で書いてある「あやとり」をやってみる。

そして再び小説に、もどる。安らかさとは正反対のところにある営為に。正反対にあるからこそ、いっそのこと安らかなのかもしれない、営為に。

博物館に行ったり、古本屋をめぐったり、昼顔を見たり、漫画の欠けた巻が近所ではどこにもないので、電車に乗って探しにいく。

あてもなくのんびりと電車に乗って隣りの町に行くことを信条としている私の人生が、たった一冊のマンガによってすっかり血走ったものになってしまった。

「田紳有楽」という本を借りた。仰天したままその日のうちに本を読み終えた。「すごいね」とマリ子さんに言うと、マリ子さんはエヘへと笑った。以来私は「田紳有楽」という本を愛してやまないのだが、いまだにその全貌をうまく把握することができない。なんだかわからないけれど、小説ってものは、やはり凄いな、と私は思ったのだ。

数えてみれば全部で59編あった。218ページにそんなに入っているのに、楽しく暖かい。

最後に詩のように日々の生活から切り取った言葉が並んでいる。
(略)今まで言ったさよならの中でいちばんしみじみとしたさよならはどのさよならだったかを決める(決まったら心の中でゆっくりさよならをとなえる)

連載エッセイを書いていて、最後の回になると、私はさみしくてたまらなくなってしまいます、表題作も連載最後の回に書いた文章です。


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