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ジーン・ワルツ



海堂尊

子沢山は昔の話、ひとりの、子を産めない母は、子供を得て育てるために命をかけることがある。

社会面を賑わす深刻な心の問題は、親になるという最も原始的な根源的な人類の遺産まで忘れてきているのだろうか。

親から子へ伝えられる遺伝子はDNA配列で、それは、A、T、G、Dの四文字。その塩基の三つの組あわせが一種類のアミノ酸を指定する。
つまり、生命の基本ビートは三拍子、ワルツなのだ。(文中より)

体外受精のエキスパート曾根崎理恵は試験管の中で、採取した卵子と精子の結合の実験をしている。
彼女はアルバイト先のマリア・クリニックの地下実験室でひそかに受精卵を育てる研究をしているのだ。
彼女は、厚労省に一目置かれている国内でも有数の大学で講義を受け持ち、主に学生には人類の発生学を教えている。

閉院間際のマリア・クリニックには最後の5人の患者がいて、それぞれがさまざまな重い問題を抱えている。
若すぎて育てられないという未成年の夫婦、なんども不妊治療をしてやっと妊娠できたが母子の健康には予断を ゆるさない人。
仕事との折りあいに悩んで出産を決められない人。55歳の高齢で多胎妊娠がみとめられたひと(代理母出産が疑われている)
心配した一人はついに流産してしまった。

曾根崎理恵は既婚者だが夫は外国で暮らしていて、将来二人で家庭を続けていく見通しはなく離婚の話が具体的に進んでいる。 彼女は同じ大学の、産科婦人科学会に属する、優秀な上司の清川教授の手で密かに、子宮と卵巣 摘出の手術を受けていた。子供は望めない。

55歳の多胎児の母親は無事出産するのか。
肺がん末期の院長の閉院後の決断は。
僻地の産婦人科医療に献身していた、院長の一人息子が、一万人に一例という難産で患者を死なせて逮捕されている。
法に従わずに人工授精、代理母を擁護する理恵の本心は。

人工授精、代理母についてはまた別の観点があるにしても、少子化が社会問題になっている中で、産婦人科医師、産婦人科病院の患者離れが増加している。
医師不足で、地方の病院、医院は閉院が続いている。
お産は病気ではないという厚労省の見解の元で、危険なお産に立ち会う医師たちの姿勢と、問解決策を模索する姿が、現場の医師である作者から、伝わってくる。

それは命を生み出す発生学を選んだ曾根崎理恵の姿勢によく現れている、最後の授業に、出産誕生の神秘を講義すると、学生から大きな拍手が沸く。

現在の行政のあり方は、生まれてきた子供には育児手当を出すが、これから生まれる命には保険も使えない、毎月の検診費用もままならない世帯では、検診率は半分に満たないと何かの新聞で読んだ。

子育てだけが人生の幸福ではないが、またそれは別のこと。

少子化を憂うまえに、安心して子供を生み育てられる社会態勢が望まれる。
一昔前とは女性の社会的参加の形も全く変化している、それに見合った対応がまったくなされていないか、育児支援と言う言葉を作ればそれで子供は育てられるのか。

この本は小さな力であっても多くの人に読まれ、今産婦人科医の抱えている問題、そして「欲しくても生めない人」「生めるのに生まない人」「生みたくないひと」それぞれに対する社会の理解を深めなくてはならないと深く感じた。

いかに今の行政は弱者に対して現状を見ず、いかに歪んだ、現実に沿わないものであるか。
人口減少がはっきりと数字に表れ始めた今、特に行政側の人たちに、これからの生産人口をどう支えるか、一つのヒントになった。

オリンピックも首相外交も将来の日本を見すえたものであるなら必要なことだ、だが視点を足元に、それから、もう少し先まで視線を延ばし、今望むのは、まず安心して子育てのできる国であって欲しいこと。人は子供から学ぶ。


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