ミステリを読み始めオススメ本を貰ったり借りたり、ついに買い始めて乱読放題こういう時には役に立つのかやめられない
2085年の現在、言語分析では、作品の構造や作者の文体の解析も可能にした。そして「オートポエティック」というコンピューターが、質の高い文学作品を量産して、ノーベル賞までとってしまう。
現在でもAI恐るべし。
ユアンの研究は時代遅れの最たるものだった。
国家科学技術局では、タイムトラベルの研究をしていた。だがブラックホール理論を応用して飛び立ったトラベラーは二方向に分岐して世界のどちらかにいってしまう、飛び立ったときにパラレルワールドが発生して出発点に帰還できなくなっている。
過去のある時点の座標に盲点があり矛盾が生じることが解った。その時間線上の特異点が、ノックスが探偵小説の十戒を書いた日にあたるという。
そこでユアンは考えた。第五章から導かれる数式に虚数i—マイナス1の平方根—を掛け、ノックス場を複素数次元に拡大した。乱暴なたとえで言うと、No Chinamanという実態を持たない虚構の人格を、探偵小説に必須のキャラクターないし「隠れた変数」として裏口から導きいれるようなものだろうか。(私???)
あたかもNo Chinamanという観測者が、量子力学で用いられる波動関数を「収縮」させたかのように。
学者は観測という行為によって波動関数が収縮すると主張した。これは別々の可能性を表現する二つの波の干渉状態が、単一の波によって示される固有状態に変化することを言う、だが観測という行為がなぜ、そしていつ波動関数を収縮させるのかそのメカニズムはまったく明らかにされていない。
このあたり、書いてみたけれど何がどうしてかと難しくなんとなくしか分かってない。
ともかくユアン博士の仮説が採用され、これを使えば一つの方向に移動でき、かつ帰還も出来るだろう。No を付けて一応無くす、それを虚数としたところが素晴らしい。
行き着く先がノックスが十戒を書いた日なら引き受けよう、ユアンは出発する。
十戒の中の5項「探偵小説には、中国人を登場させてはならない」
これがなぜ政治的に正しくないというのか。なぜノックスはこの項を入れたのか。
ユアンはノックスにあって謎は解決するのか。
これは全く見事に書きおさめた、愉快な解が読みどころ。ひとまず面白かった。
冗談か本気かノックスの十戒
犯人は物語の当初に登場していなければならない
探偵方法に超自然能力を用いてはならない
犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
中国人を登場させてはならない
探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない(ピンときたは駄目なのね)
変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない
これが一番面白かった。
南アメリカにいたヘイスティングスにワトソン老から手紙が来た。
アガサ・クリスティの新作「テン・リトル・ニガー」(そして誰もいなくなった)の校正原稿について由々しき事態が発生した。引き立て役倶楽部の存続をかけて会議を開く。という内容だった。
それは、このメンバーが登場しない、探偵がいない作品を書き始めたということで憤慨しているのだった。
集まったのは
会長 ジョン・ワトスン ホームズの引き立て役
議長 クリストファー・ジャーヴィス ジョン・ソーンダイク博士の引き立て役
幹事 ハロルド・メイフィールド ランスロット・プリーストリー博士の引き立て役
書記 ライオネル・タウンゼント ウイリアム・ビーフ巡査部長の引き立て役
財務委員 ジュリアス・リカード ガブリエル・アノーの引き立て役(欠席、委任状有り)
常任理事 マーヴィン・アバター ピーター・ウィムジー卿の引き立て役
〃 ヘイスティングス大尉 ポワロの引き立て役
その他参加者
ヴァン・ダイン ファイロ・ヴァンスの引き立て役、アーチー・グッドウィン
ネロ・ウルフの引き立て役。
M・P・シール プリンス・ザレスキーの引き立て役 など
アメリカではやり出した、ハードボイルドの台頭、エラリー・クイーンの少々不可解な作品が売れていることなど甲論乙駁。
そして、クリスティーの今後作品について採決が行われた。
ワトスン、リカード、ヴァン・ダイン、シールはクリスティ誘拐を工作する。
有名な「クリスティ失踪事件」はこうして実行されたww
面白い発想でつなぐ。解決編は真実から異論まで発展していった先に、頭に残るのはいつか読んだ名作探偵小説の主人公と引き立て役の物語。
ポワロは作中で亡くなったが、現役なのに登場していない作品があるそれが気にいらない、引き立て役の危機だというところがなんとも気の毒、かつ愉快だった。
「バベルの牢獄」
鏡像の不思議。論理の展開、SFの世界を楽しませてくれる。
惑星に侵入したわたしは、秘密警察に逮捕された。一人の人格として同期していた人格が精神分離機で破壊し分離された。
鏡像人格の相棒からの思念が届いてくるが、スキャンされずに交信する手段を考える。そして協力して脱出を図る。
裏返しの対象体(キラリティ)をつかって、パソコンのレイヤー機能のようにかさね、裏返しなのでずれた言葉の読点を使って穴を広げていく。ワームホールだ。それを通って逃げだす。句点や中点は黒くなるので駄目というのが面白い。
「ノックス・マシン2」
21世紀のグローバル情報社会ではあらゆる電子テキストがゴルプレックス社のデータセンターとネットワークに取り込まれている。NET環境から孤立した「死蔵データ」は羊皮紙に手書きで記された写本より価値がない。ところが量子ネットワークの構築と「オートポエティクス」のたゆまない進化によって、電子テキストの可変性と自己増殖が著しく増大し、その影響は20世紀以前のオリジナル文献にも及びつつあった。
プラティバはノーベル賞を受賞した父の影響か父親と同じ数理文学解析の研究者になる。しかし、先が見え、存続が危ういところから、ゴルプレックス社の電子図書事業部に就職した。
クィーンの作品で「シャム双子の謎」にシリーズには必ずあった「読者への挑戦」がないことに気づく。
そのためか、放熱現象が起きている。あったものがなくなるブラックホールもどきの現象が起きたのだろうか。
だが様々な可能性を試したが成功しなかった。
放熱現象から電子テキストを焼き尽くそうとするサイバーテロを確認した。
その頃ユアンは西オーストラリアで修道士になり、チェスタトンの探偵小説「ブラウン神父の童心」を書き写す作業を続けていた。
彼はノックスに会った後、また特異点を通り帰還していた。
(5) 探偵小説には、中国人を登場させてはならない。
ユアンはなんどもそのテキストを読み返し、やっと安堵の息を漏らした。確かにここは、自分が属していた2058年の世界だ。ノックスは未来からの訪問者を見送った後、持ち前のユーモアを発揮して、序文の内容を書き直したに違いない。
世界の分岐は回避され、パラドクスもなかった。彼が1929年のオックスフォードに飛ばなければ、中国人ルールは生まれなかったということだ。「探偵小説にはNo Chinamanが登場しなければならない」
そうつぶやきながら、自然と頬がゆるむのを感じた。
しかしその後ユアンは貴重なサンプルになった。
その後の身の上話が一段落して、プラティバが来た理由を聞く。延焼を防ぐには? ユアンの決心は。
その理由付けが実に見事に成功して、結果は感動的。
それぞれ最近にない斬新で難しい理論が転開する新しいSFに出会った。
科学や物理に興味があるか、海外、特に英米の探偵小説が好きな人なら文句なく楽しめると思う。
法月さんのものは「キングを探せ」しか読んでないが孤島の連続殺人で、探偵が作家と同じ名前だとそのとき初めて知った。
これもとても面白かった。