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ブロンテ三姉妹の抽斗―物語を作ったものたち



デボララッツ

世界的な名作を残したブロンテ姉妹の世界は、小高い丘の上に立つ牧師館と塀まで迫る墓石の世界だった。周りに咲き乱れる荒れ地のヒースを想像しながら読むと、現実離れした幻想的なシーンにおぼれそうになる。

パトリック・ブロンテ   1777-1861 父(牧師)
マリア・ブランウェル   1783-1821 母
エリザベス・ブランウェル 1776-1841 叔母

マリア     1814-1825 長女
エリザベス   1815-1825 次女
シャーロット  1816-1855 三女 筆名カラー・ベル 作品「ジェイン・エア」「シャーリー」「ヴィレット」「教授」
エミリー    1818-1848 筆名エリス・ベル 作品「嵐が丘」
アン      1820-1849 末妹 筆名アクトン・ベル 作品「アグネス・グレイ」「ワイルドフェル・ホールの住人」
パトリック・ブランエェル1817-1848 長男 画家

この本は、今残っている愛用の品々や手紙や収集品を、姉妹の生活を知るてがかりにしている。

あまりに有名な作品に接していると、ふと作者を忘れそうになる。だが、姉妹がつけた傷が残っている机箱や手紙や肖像画を見ると、わずかに生々しさを感じる。
若い姉妹が書き残した文字を見ると、恵まれない中で書き続けた姉妹が哀しく、こうして幾世代にも読み継がれる名作になっていることを伝えたいような気持になる。

荒れ地と墓地と家屋しかない丘の狭い牧師館には、使用人も含めて10人が暮らしていた。母親は幼い子供を残して亡くなった。叔母が手伝いに来たが、上の二人、マリアとエリザベスは寄付金で運営されている谷間の寄宿舎に入り劣悪な環境の中で結核にかかった。家に帰されてすぐ10歳と11歳で亡くなる。シャーロットとエミリーも入学していたが、帰宅して二人の臨終に立ち会った。

この間の生活についてシャーロットは日記を書いている。
つらい日々の中で灯の前にあつまって姉妹は愉快な話を創り、書き残すために掌に乗るくらいの豆本を作った。小さな本には虫眼鏡で見なければいけないほど小さい文字がびっしり書かれている。マッチ箱ほどの本は糸でつづってある。当時13歳のシャーロットはまだ鋏をうまく使えず切り口はギザギザに曲がっている。
シャーロットとエミリー、アンは様々に空想をめぐらし100冊近くの豆本を作った。だが使った再利用の古紙は朽ちたり破れたり、死後には四散してわずかしか残っていない。

作り出した物語は狭い部屋を広大な大広間にした、人形は自由に動く登場人物になって冒険を繰り広げた。

牧師館にはたくさんの蔵書があり、きょうだいはそれを読み文章を書き、荒野を散歩した。
古びてきた本は装丁をし直し次々に譲り、表紙の裏に順に名前を書きつけた、作ったノートには布の表紙を付けたりしている。

絢爛と花開いたヴィクトリア時代のまだ明けきらない文化や風習に縛られた時代、姉妹はその中で息をひそめるように自分たちの楽しみを守り続けた。読むこと空想することと書くこと、すべてはその中にあって、眉を顰められるような荒野の散歩も、物語を奥深いみずみずしいものにした。次々に家庭教師の職に就くがすぐに戻って不自由な生活を楽しんだ。

住み込みの家庭教師はまるで召使扱いで、子供にさげすまれ山のような針仕事までするような暮らしだった。まだひっそりと息をひそめて文字を書くことの方がどんなに幸せだったことだろう。

シャーロットは大雑把なところがあった、加工するには原稿をツギハギするのだが書くことに逸ったのか、破って張り付けた部分がある、その点エミリーは何でもそつなくきちんとやったが、彼女は自分に従いいつも自由だった、人目も気にせず、女性の一人歩きは歓迎されない時代にもかかわらず犬を連れていつも荒野を歩いた。

時代背景として、遺骸にまつわる話がある。その頃は亡くなった人が見につけていたものの一部をもらってロケットや机箱に入れておいた。髪の毛や手紙やリボンなどが抽斗から出てきている。

机箱は薄い箱で二つに折れ、上の板は広げて書き物に使い、下についている箱の部分には鍵が付いた引き出しがあった。姉妹は個人的な秘密をその中にしまっていた。文字を書くときはどこでも広げられた、紙の乗った机箱の前に座っているエミリーのデッサンが残っている。

シャーロットは原稿を出版社に送ったが引き受けてもらえなかった。当時書くことは女の仕事でないと思われ、姉妹は男名を付けた。

やっとシャーロットの「ジェイン・エア」が出版され少し名前を知られるようになる。一番長く生きたシャーロットは当時中央で花開いた多くの文化人に招かれたりもしたが、一方エミリーとアンが認められるのはシャロットーから二か月遅れた。そのために早逝した二人は印税を手にすることはなかった。

三姉妹はそれぞれ思う所も性格も違っていたが、幼いころから書くことが生き甲斐だった。そして集まって話し合った物語の枠の中でヒースの咲く荒野をモチーフに、本質的な異端の心を、ロチェスターやどん底からよみがえるヒースクリフや家庭教師の生活はジェーンに、読書に耽るキャシーなど主人公の暗い部分に目を向け、描き出すことに成功した。

作品が残るまでのどのくらい大量の文字を書き、紙を埋め、つらい死に立ち会ってきたか。
暗いみじめな暮らしを幻想的な物語にしてはばたかせた生き方は、味わい深い物語の登場人物よりもっと胸を打つものだった。

初めて「嵐が丘」と「ジェーン・エア」を読んだとき、ヒースってどんな花だろうと思った、ムアの地に立たないと見られないのだろうか、ホームズの馬車に乗った方がいいのだろうか、長い間考えて、調べてみて、よく知っているエリカの仲間だと判った時はうれしかった、今ではイギリスのハワースにはグーグルアースが連れて行ってくれる。


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