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高野聖

高野聖 読書
高野聖 泉鏡花
たまに泉鏡花に酔ってみたい時がある。
鏡花の世界、きらびやかな極上の文章の世界、幽玄な表現が怪しく肌に感じられるほどの、薄気味悪さの持つ魔力にも惹かれる。
その一方、物語の世界から解放されると何かすがすがしさを感じる。書くことには何か彼の境遇からくる苦しみを託したようでいながら、濁った影がないのが一層美しく感じる。

「義血侠血」「夜行巡査」「外科室」「荒野聖」「眉かくしの霊」の5編を収める。

平野啓一郎さんの一月物語を読み始めてすぐ、これを読むのは「高野聖」を再読してからにしようと思ったのが一つと、エアコンのきいた部屋にばかり籠っていると現実からできるだけ離れてみたいと思い、平野さんの幻のような作品が高野聖の世界とどこかつながるようで、読んでみようとしたのかもしれない。

「義血侠血」
滝の白糸で知られる新派悲劇の原作で、世間知らずの水芸を見せる女と、貧しい車夫が主人公。身寄りがないために芸で入る金をまさに水ごとく使っていた女が、金のために学問を諦めようとしている男を助ける。人気の水芸で一人には余る暮らしだったが、男とその祖母を支えることができず、ついに借金のために人を殺してしまう。男は検事になり二人は再会するが、女は死刑に男は自らの命を絶つ。見せ場が多く、車夫同士が速さを争うテンポのいいシーンが見事。
鏡花21歳の作品。

「夜行巡査」
老人が初恋に破れた腹いせに恋人のいる姪をじくじくといじる。そのいじり方が実にいやらしい。また恋人の巡査が堅物すぎて面白い。職務をやり遂げるために止める恋人を振り切って、池に落ちた老人を助けに飛び込み溺れ死ぬ。
短い中に喜怒哀楽が詰め込まれている。巡査のやったことは多少滑稽でもあるが当時の硯友社の体質にも合って絶賛されたそうだ。

「外科室」
若いとき、ふとすれ違っただけで忘れられなかった二人が手術室で再会する、患者と医者として。深い思いの果てに女は手術用のメスで胸を突く。時代を感じる意外なストーリーに支えられた部分が多いが、麻酔で秘密を漏らすのを恐れる伯爵夫人と変わり者の医者という描き方が興味深い。

「高野聖」
不朽の名作といわれる鏡花の代表作は、妖怪変化という言葉通り、艶っぽい女妖怪の変化にたぶらかされそうになった説教僧の思い出話。
高山から信州に抜ける山深い道で脇道の森に入り、そこで僧が出会う様々な生き物、蛇や毛虫や、朽木にびっしりとたかっていて降るように落ちてくる山蛭が、体に吸い付いて血を吸う様子がやがて気が狂うほど痛痒くなり、それを見ながら僧の頭には様々に恐怖を伴った妄想が膨らむ。読んでいても寒気がする。やっと抜け出て見つけた小屋の一夜の宿で、優しく細やかに疲れた体を谷川で洗ってくれる女に、妖しい生き物が寄ってくる。白痴の夫の人間離れした澄んだ歌声に驚く。翌朝後ろ髪をひかれるように出発して、女の素性を知る。 修行僧の迷いを誘う女と白痴の夫の描写が気味悪く生々しい。

「眉かくしの霊」
幽霊譚だが、そもそもの成り行きは友人の境というものが料亭に泊まって見聞きした出来事。
立派なしつらえの料亭で心地よく過ごせるはずが、風呂場で女の幽霊らしきものに逢う。部屋に女がいたが窓から出るとき女は鯉になった。
料理人の話で、昨年泊まった女が撃ち殺されたのだという。代官婆という嫌われ者が、家の嫁と東京の画家が姦通したと騒いだところ、画家の愛人に私ほどの女がいてそんなことをするはずもないと女は夜道を婆の家に乗り込もうとして撃たれた。と話していたところその女の幽霊がまた姿を見せる。

座敷は一面の水に見えて、雪の気配が、白い桔梗の汀に咲いたように畳に乱れ敷いた。

美しい女の幽霊の背後の幻も美しい。


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