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神のふたつの貌



貫井徳郎

ぼくは神の存在を確かめたかった。

特にこの作者のものを全部読みたいと思っているわけではなくて、前に読んだ「慟哭」が頭に残っていたので買ってきた。
読み始めてこれは困ったなと思った。
キリスト教も仏教もよく分からない。だから読んでいても、日常の生活を通して感じている信仰者の心理というものを想像するしかなかったが、キリスト教の枝分かれした難しいあり方とは別に、プロテスタントだという牧師一家の、信仰を持つゆえの悲劇がそれなりに理解することは出来た。

牧師館で生まれた早乙女輝は無痛症だった。
小学生の頃、環境のせいもあって、痛みや死、死後の魂の行方、などに関心がありカエルなどを殺してその有様を見て、それらを想像しているような子供だった。
彼は神が万能であり、自分に似せて人間を創り、人の人生のあり方は、生まれる前にした神との契約があって、その生き方はすでに決められたものだというように聖書から学んでいた。
父も牧師であって厳しい戒律の中で生きてきたということは、いつの間にか人間性を脱ぎ捨て、全てを神に捧げてしまっていた。
そんな父は何の疑いもなくその生活に慣れきっているようだった。それが人々に尊敬され賞賛されるという生き方だと教えられ、早乙女も跡継ぎとして厳しい生活を義務付けられていた。
だが神には忠実な父だったが、家族に対しての情愛は感じられなかった。

彼は牧師を継ぐということに不満はなかった、それでも父がどんな時にも手放さずに読んでいる聖書からは神の存在を感じることができなかった。
神に近づき理解するために、神の声を聞きたいと切に願っていた。
教会に来る信者の中には深い信仰心を持ち、神を信じることに満足している人たちがいた。
早乙女は現実に神の存在を試したいと思った。
常に傍観者のように見える神を試すために信仰の厚い信者を殺してみた。それが殺人だったとしても、神を信じる行為なら自分の信仰はゆるぎないものだと証明されるはずだと思っていた。

牧師館にヤクザに追われて男が逃げこんでくる。
美貌の彼は暫くかくまわれ、母とともに車で出かけた先で事故にあい、二人とも炎の中で焼死しでしまう。
このことで牧師館の静かな生活は壊れてしまった。

コンビニでアルバイトを始めた20歳の早乙女は、家出をしていたオーナーの息子が戻って一緒に働き始める。
今まで店長だった君塚が売上金を持ち逃げした。息子の琢馬は自分は不幸を呼び寄せるのだと過去の出来事を語り、死にたいと悩み続けている。
琢馬の気持は早乙女の心も暗くして、夜も眠れずに彼を救う方法を考える。
ついに彼を殺すことで解決できる、それは琢馬を救うことだ、と思いこみ密かに実行する。

恋人が出来て妊娠させてしまう。彼女は足が不自由だったが、それゆえ神の福音が得られたことを実感したという。
早乙女は彼女がうらやましかった。
彼には子供を育てるという気持はなかった。
彼女は生みたいとせがみ、早乙女はついに彼女に暴力を振るい流産させてしまう。
こんなことをする自分に神は福音を与えるだろうか。
残った父と子はこんなにも神に近づき神に仕えているということで福音を得られるのだろうか。

父と牧師館の歴史と、母親の事件。
この物語は、神に心から仕え続けた、牧師一家の犯罪を語る。
そして常に「沈黙」している神を身近に感じることで、自己の生き方を確立したいという親子の願いが絡んだ、変わった面白いミステリだった。

こんなに書いてもまだあらすじというほどでもなくネタバレでもありません。
犯人も犯した罪もすでに分っているのですが、パズルを解くようなスリルがある。残念ながらわかる人にはすぐにわかるかもしれないけれど、取り敢えず作者には騙されたくないナァと思っている、ミステリ好きの方にオススメします(してみます)


お気に入り度:★★★☆☆
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