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リオ―警視庁強行犯係・樋口顕



今野敏

なぜこの一作目を最初に読まなかったのか、考えたら「リオ」という題だった。
陽気になったところなのにブラジルのリオなら暑そうだと思ったからという、なんの脈絡も無い考え。「朱夏」もある、さらに暑そうだ。

シリーズに「朱夏」があったがレビューを書かないといけないけれど、とりあえず。

樋口係長の内省振りはさらに深く詳しく身につまされる。そうして自分を突き詰めて見直す姿勢が人間性を深めているのだろう。
何度も述べられているように、彼は、かっての学生運動に遅れてきた世代で、革命の熱に浮かされたこともなく、世間が静まった直後の荒れた世相を整理してきた保守派だと思っている。
それは自然に今も、穏やかな日常を壊すべきでないという心情の基にもなっている。警察組織の中でも、上司は全共闘とぶつかり合った機動隊であったり、部下はすでに覚めた現代感覚を持つものもある。それらに挟まれて彼は常に自分の心ありかを確かめずにはいられないということのようだ。 樋口は犯人の尋問も紋切り型でなく、真実をかぎ分けていく。 家庭は穏やかで、疲れて帰ると娘と妻が待っていて、1本ビールを出してくれる。

新聞配達員が集金先のアパートを訪ねているとき、廊下の奥の部屋で悲鳴が聞こえ若い女が飛び出してきた。覗くと男が死んでいて、チラと見ただけの逃げた女の顔は、一度見れば忘れられないくらいの美少女だった。
続いて起きた二件の中年男の殺人事件にもこの美少女が目撃される。
被害者はみな、電話で交際相手を求めたリ、ナンパに見せかけて女を斡旋する業者の、商売相手だった。
風俗、売春、援助交際、未成年の自覚の無い享楽型の犯罪が増えてきている中で、自然、捜査の方向もそちらを向く。
若者が集まるクラブやバーを調べているうちに「リオ」という名前があの高校生の少女だと分る。
一目で分る美貌で、すぐに少女が逮捕される。調べに当たった樋口はその少女に強く惹かれる。
そしてかたくなな少女の恵まれない日常を知る。少女の尋問中の表情から、状況証拠がすでに晴らしようの無い嫌疑に固まってしまっているということに、密かな疑いを持つ。
それは真実の声か、美しい少女を見たときに受けた衝撃から出た、曲がった感情なのかと自分を疑うことになるのだが。
ウマの会う氏家はかって心理学を学んでいた。彼は常に客観的で覚めた意見を持っている。
樋口は混迷の中から、氏家の意見を聞いて、自分を見つめる過程も面白い。氏家は見かけによらず情に厚いところを見せるが、立場を守り、それを面に出さないクールなところに味がある。
この物語の中で、少女の美貌はいいこととは限らないとも言えるが、そのために起こした事件が、それを解決する近道に繋がっていることも皮肉だ。
樋口は、家庭人としての自覚とは別に、人生には、節を曲げる瞬間が訪れることもあることを、知る。

お話の中にあまり浸かりすぎてしまうのもどうかと思うが、小説を楽しむにはそうであってもいいかもしれない。樋口係長の話は三冊目の「ビート」に繋がっている。シリーズ物はこういうところも楽しみだ。


お気に入り度:★★★★☆
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