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外套・鼻



ゴーゴリ

運命に辱められた不幸な人々への憐憫の情溢れる「外套」 幻想的な「鼻」
という表紙の言葉に惹かれて読んだ。名作。

まず、ロシア文学というもの。私の知っているロシアを代表する作家は、「読んだ」というのも今となってはなんだ。なまじあれこれ読んだことがあるというおぼろな記憶の壁があっては再読をしなくなってしまう、読めば読めるのに。それが何か貴重なものを落としているようなきがする。

このゴーゴリという人は高名な作家が生まれた時代に先立って大きな影響を与えたそうで、トルストイ、ドストエフスキイ、ツルゲーネフ、チェーホフ、パステルナーク、ショーロホフなど。眠らせないという拷問が記憶にあるソルジェニーツィンの「収容所群島」。
19世紀ころのロシア文学は、ハハッとひれ伏したくなるほど偉大な人生観を大長編に込めたという印象がある。
新しく開けていくロシア文学に影響を与え牽引したというゴーゴリの写真を改めてしみじみと見た。

何気ない市井の人、気にも留められない男を書いた「外套」に感動し。そして「鼻」だ。
芥川の禅智内供の鼻も面白いが、ゴーゴリが書いた異形の鼻の話に仰天してしまった。奇想天外な鼻から、最後まで離れられないとんでもなく面白かった。

「外套」
ペテルブルグに住む万年九等管のアカーキイ・アカーキエウィッチ・パシマチキンという男。この名のためにずいぶん馬鹿にされてきた。(気の毒なこの名の由来も面白い)
彼は十年一日のごとくに書類を書き写す文書係だった。彼はこの仕事を熱愛していた。時間内にどんなに周りがうるさくしても黙々と仕事を続けていたが「かまわないで下さい!なんだってそんなに人を馬鹿にするんです」と一言言ったことがある。それは新任の若者の胸を打った。若者はその言葉を思い出すと人の心の奥の凶悪なものに気づいて戦慄することがあった。

彼には文字に千変万化の世界を見ていた。お気に入りの文字は見ただけで笑いが浮かびキスまでした。
彼は服装には無頓着でひどいものだった。つぎはぎだらけで変色しゴミが引っかかっていた。彼は食べ物にも関心がなく夕食を済ませ持ち帰った書類を写し始める。娯楽などというものには縁がなかった。
厳しい冬がやってきたとき、外套がもう手の施しようがないほどになっているのに気が付いた。手のいい仕立屋に通ってつぎをあててもらってきたが、もう直せないと断られた。すでにそれは外套でなく半纏と呼ばれていた。新調するしか手がないと悟った時は金がなかった。仕立屋は酔っぱらえば値を引くというのでそれを狙ってみた、哀願してみた、が失敗だった。80ルーブル、貯金半分しかない。食事を減らし、すべてを切り詰めたが金はまだ足りなかった、天の助けボーナスが多めに出た。外套ができるとなると彼の生活は一変した。ウキウキワクワク、毎日仕立屋にかよった。ついに仕立屋が自賛するほどの上等な外套が出来上がった。こみ上げる笑いとともにさっそくそれを着て出勤した。脱いで守衛室に預けるのも晴れがましかった。うわさが広がり同僚が見に来た。そして祝いの夜会を催してくれるという、会場は目抜き通りの繁華街だった。気が進まないが参加して帰り、彼の家に向かうほどに人影は少なくなり、かなりの道のりは寂しい所を歩かなくてはならなかった。彼の心に恐怖が忍び寄った。そして暴漢に襲われて外套をとられてしまった。
凍り付くような寒さで意識を失って倒れ、気が付いた後はわめきながら駐在所から本署までかけ巡ったが相手にされなかった。官吏は官吏で下々には冷たい。友人に見せるために、たずねて来たアカーキイ・アカーキエウィッチを玄関に立たせたままにしておき、「なんだきみは、誰に向かって言っているのだね」と居丈高に追い返してしまった。彼は口をポカンと開けたまま立ち尽くしていたが、ふらふらと帰宅した。そして彼は不幸とともにこの世から消えた。
外套をはぎ取る幽霊が出るようになった。あの横柄な官吏も外套をはぎ取れられ逃げ帰った。その後態度が改まったそうで、幽霊も出なくなったとか。

読まないと雰囲気がわからないが、目立たなく生きているだけの惨めなアカーキイ・アカーキエウィッチについてヒューマニズムという土壌は別にしても、それを語るのに歓喜と絶望を対比させ、諧謔と愉快な描写で話を作り上げている。彼のどこか官吏嫌いがうかがえる冒頭の部分など時代を感じさせない深みがある。しんみり面白かった。

「鼻」
これは素晴らしい奇想天外物語で、大好きな世界だった。一言で言えばありそうにない出来事を滑稽な喜劇に作り上げている。

床屋が朝パンを切った、そうすると中から埋まっていた鼻が出て来た。髭をあたったことで八等官イワリョーフの鼻だと気が付いた。困った、どこかに捨てよう。紙に包んで外に出たが、捨てようとすると邪魔が入ってとうとうネワ川の上の橋まで来た、覗くふりをして投げ込んだが巡査に見とがめられてしまった、しかしその後のことはすっかり霧の中。

一方イワリョーフは朝起きると鼻がなくなっていた。あった場所はつるつるしている。
これはどうしたことか、鼻はどこに行った。探しに出ると礼拝堂で鼻が敬虔な祈りをささげていた。追いかけたが逃げられた。
広告を出そう、広告屋を訪ねて頼もうとするが、そんなおかしな話は載せられないと断られた。そのうえ嗅ぎ煙草を進められ憤然として「私には物を嗅ぐ器官がないのですよ!ちぇっ、君の煙草なんか、クソ喰らぇだ!」彼はカンカンに怒って飛び出した。
分署長に訴えたがちゃんとした人なら鼻をそぎ取られるなんてことはあり得ないと言われた。
黄昏になって疲れて帰宅した。
なんでこんな目に合うのだろう、あの左官夫人の娘を断ったせいだろうか。
鼻のあったところは痛みもなくつるつるになって、ああなんてことだ。
ところが意外なところで見つかった。やってきた巡査がかくしから取り出して、リガへ高跳びしようとしたところをつかまえたのだという。
しばらく放心状態だったが喜びが爆発した。くっつけてみよう。
だが着けようとする度にポトンと落ちた。何度試してもつかない。
ここの中二階に医者がいたと思いついた。呼んできたがそれでもつかない。「いじるとよくありません。鼻はなくても健康に暮らせます、何ならアルコール漬にしては、頂戴してもいいですがね」「腐っても譲りませんよ」医者は帰ってしまった。
ところがこの噂が広まった。鼻が散歩するという道に群衆が集まった。鼻見物用に椅子をこしらえて貸すものまで出て来た。これを話のタネにした連中を大いに喜ばせた。
だがこのことはいつか迷宮入りになって消えた。

おかしなこともあるものである日イワリョーフが顔をなでると鼻が付いていた。下僕に鼻を見せるとべつに訝しみもしない。
たしかについているんだ!!
外に出て鏡に映してみた、アル。

ということになったがどうも怪しい話で、勝手に鼻が逃げるなんて、といぶかしんでいるが、この世に不思議はある、不合理もありがちで。
こんなことをいくら書いても国家のためにはならない。全く何が何だか、さっぱり私にはわからない……
と著者は結んでいる。


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