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孤狼の血



柚月裕子

「孤狼の血」読み終わりました。いい題名を付ける人です。
雑用が挟まって一気読みができなかったのですが、時間があれば徹夜してでも読みたいくらい面白かったです。日本推理作家協会賞受賞作でした。

『発見!角川文庫70周年記念大賞』に参加します。後ろに解説があるので(たまにないのがありがっかりしますが)、買って読むなら文庫に決めているのです。70周年なら積んでいるかもと探したらありました。最近好きになった柚月裕子さん、面白くて佐方シリーズをみんな読み終わり一安心つもりでしたが記録が抜けています。「臨床真理」や「蟻の菜園」も読んだなと思ったら本棚の下書きのところにひとつ「蟻の菜園」が残っていました。
次々に人気作が出て読むのが追いつかないのですが、「蟻の菜園」で今後に期待のようなことを書いてしまっているので、追っかけて読まないといけないという気分になっています。

作家名だけで買ってあったので、読み始めておっとこれは!とちょっと退く感じでした。プロローグは警察の暴力団対策会議から始まりました。
ひと昔もふた昔も前に映画ですが香港ノワールに嵌り、「インファナル・アフェア」で切りを付け、その後は流行りの警察小説を読み、これも切り上げた感じだったので、その流れかと思ったのです。
この企画でなければ、しばらくは積んだままになっていたかもしれませんが、「佐方さん」以後も話題に上る作品が多いようで、これも期待して買ってはいました。

暴力団の勢力争い、抗争の前触れで大小の犯罪が目に余る事態になり、警察も対策を講じるのに躍起になっていた頃で、ストーリーを盛り上げる人物の一人は警察官、日岡の成長物語でした。
そして一方上司になったはみ出し警官、大上の特異なキャラクターがいいのです。
大上は裏で暴力団幹部との癒着が囁かれる問題の人物ですが、反面、彼の活躍で事件が解決し、警察の面目を施す場面も多かったのです。
日岡はそんな上司を持ったことに落胆するのですが、少しずつ親しんでいき、ついには彼を理解して、心を開いていくのです。
大上も日岡が気に入ります。彼は家族を失い孤独な中で亡くした息子と同じ日岡の名が気に入ったのか、広大出の奇特な警官が面白いのか、自分が失った生真面目な正義感が嬉しいのか可愛がります。
そのあたり殺伐とした背景に得意の人情がらみの暖かさを入れ込むのがやはり柚月さんは上手いです。
暴力団というのは、様々な裏のつながりと、やくざ独特の仁義・恩義の貸し借りの世界に住んでいて、命がけで生きているさまが、熱く語られます。折り紙付きの悪徳警官の裏の顔が、任侠の世界でも筋の通った人物との付き合い方に現れます。このあたりの描き方もストーリーを面白くして、法律の垣根を超えた生き方が、納得できるような気持ちになり、いいやくざ、悪いやくざに分けてしまいそうな心境になります。

「佐方さん」でお馴染みになった呉東署ですが季節は梅雨明けのうだるような暑さの中で幕を開け、陽炎が見えるほどの真夏の街に起きた殺人事件の解決に走る若い日岡。一方入手ルートの怪しい札びらで核心に迫る大上。酒も女も麻薬売買までも織り交ぜ巧みに描かれる世界で、二人のかかわった事件が意外な展開を見せついには、深い哀感をもって終わりを告げます。終盤はまさかの驚く展開を見せてくれます。
ミステリ要素もふんだんに盛り込まれて、脇を固める警察官も、やくざの世界の義理人情に縛られ、それが命がけになる世界もよく描き出されていました。

最後にプロローグとエピローグがぴったり重なるのもすっきりします。またミステリアスな人間関係のもつれが綺麗にほどけるのは、解説で
「孤の血を受け継ぐ、ラストの余韻がまたいい。私なんぞは身震いするほどの興奮を覚えた。控えめに言っても、大傑作。もっと言えば、日本ミステリ界に燦然と輝く悪徳警官小説の金字塔であろう」
と茶木則雄さんという書評家の方が手放しでほめているのもうなずけます。

難点がどこにも見つからない、柚月さんの実力が証明された面白すぎる一冊でした。


お気に入り度:★★★★★
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