サイトをSSL化しました。セキュリティアップ!

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)



アティークラヒーミー

原題の「サンゲ・サブール」とは「忍耐の石」その石に向かって、人にいえない不幸や苦しみを打ち明けると石は聞き飲み込みある日粉々に割れる。その瞬間人は苦しみから解放されるというペルシアの神話によるそうだ。

父親は人が来るとその黒い石に向かって話した。石に話すとその言葉をすべて吸い取り、石が割れるとすべてから解放されると言った。

夫の父を看取った時、亡くなる前の日にその黒い石の話をした。

「死の使いが来た、大天使から託されたことを伝えよう。石は神の住まわれるメッカにある。多くの巡礼がその周りを巡っている。神は石に自分の苦しみや悲しみを話すことができるようにしてくださった。…この石は地上に生きるあらゆる不幸な者たちのためにあるのだ。そこに行きなさい。そして、石が砕けるまでお前の秘密を告白しなさい、苦しみから解放されるまで」

女は「何世紀も前から、巡礼者はメッカに行ってその石の周りを回っているのに、どうしてその石はまだくだけないのかしら」と思う。

女は首の後ろに弾をめり込ませたまま戻ってきて動かない夫に、話しかけている。三週間ほどで意識が戻るというお告げはとっくに過ぎた。コーランを読んで祈り数珠の玉を数えながら敬虔なムスリムの女は、夫に話しかける。

夫は石だ。チューブを流れる点滴液と半眼の目にさす目薬で生き続けている。

女は夫になった夜のこと、夫が動けないと知って見捨てた親兄弟のこと、二人の娘のこと。子供を産めないで家にいられなくなった叔母のこと。尊敬する夫の父から聞いた言い伝えのこと。
女は話し続け、声を荒げついに叫ぶ。石に向かうように今まで言えなかった自分だけの秘密。夫にも言えなかった今の暮らし、体を売っている夜のこと。

外では銃の音や人声が響いて、戦争の足音はすぐそばまで来ている。兵士が踏み込んできて、コーランまでも浚えていって部屋を荒らす。
夫をカーテンの裏の物入れに隠し、今までの日々を何もかも話し、後でその重みと呵責に耐えかねて祈り、また夫につらい言葉を浴びせる。
日替わりの聖人の名前を唱えていたものがいつか、夫を「サンゲ・サブール」と名付けその石のような体に言葉を浴びせかける。夫の代わりに交わった男の事も。戦争に志願して、英雄と呼ばれ石になって戻ってきた男に向かって叫ぶ。

アフガニスタン出身の作者は長い時間をかけてフランス語でこの物語を書いたそうで、母国語でない言葉は慎重に選択されているのか短いセンテンスに重みがある。
定点撮影のような、一場だけの舞台劇のような構成が面白い。床に直に敷いたマットレスに横たわったまま胸の動きで生きているのがわかる、遠目には石像のような男。
女は部屋から出てまた現れる、輸液を満たし男の目に目薬を差す。そして胸にたまった滓を言葉にして吐き出す。

あるいはこういうシーンは場所を変えれば、また形を変えれば起きていることかもしれない。
過ぎた忍耐は人を狂わせる。
この作品の普遍は、鮮明なシーンを作り出し、脚本のような展開で、退場する女は目前からフェードアウトする、詩のような短い言葉を残して。女が部屋から消えては現れ、次第に狂っていく様子も映像的に鮮明に書かれている。
衝撃的で、心に刺さるような、読み終えた後もしばらくの間、圧倒されてしまうような作品だった。


お気に入り度:★★★★★
掲載日: