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沼地の記憶



トマス・H.クック

題名には無理があるように思うが、最後まで読むと、やはり巧みな構成が納得できる。クック流の過去の回想にいまだにいえない悲しみが尾を引いている、そんな物語にひかれる。

クックの作品では「死の記憶」の評価が高い。
それに加えて彼の傾向として「蜘蛛の巣の中へ」という作品のように、父親と息子の心の交わりが繊細に書かれた作品もいい。

フロリダのレークランド高校が舞台になっている。
「MASTER OF THE DELTA」という原題なので記憶シリーズに続くスタイルにしたのだろう。

クックのスタイル、この作品も老ブランチの回想で、話されるこの時にはすでに彼は老いてその父親も亡くなっている。

レークランド高校の特別教室で「悪」について講義をしていたジャック・ブランチは、地方では名家の生まれで苦労もなく育ち、周りからは一目置かれる存在だった。
彼の教室にエディという目立たない生徒がいた。彼の父親は殺人犯だった。ブランチはレポートの課題を出し、エディには父親のことを書くようにいう。そうすることで彼は今より自由に生きることができるのではないかと考えた。
レポートを書くために、エディは父の事件を調べ始める。

ブランチの父も同じ高校の教師で、狭い町にすむ子供たちはほとんどが教え子だった。
当時の新聞や関わりのあった人を訪ねてエディはレポートを書いていく。彼は成績は優れていいとは思えなかったが、文章は彼の思いやりのある人柄と感受性を反映していて、ブランチは彼の将来を引き受けようかとまで思うようになっていた。

貧困層と富裕層に住み分けられた土地にある学校で、あえて「悪」についての授業を行うことは、生活に恵まれない彼らの将来に必ずいい影響があると信じていた。
美しい女生徒が、見栄えも、環境も最低だと言うことで相手にもされなかったエディを選んだことが、生徒間にトラブルを起こし始めていた。
ブランチもその間、同僚の高潔な教師と恋仲になる。
そして、それらの事柄を巻き込んで悲劇の種子は徐々に膨らんでいった。

当時はまだ未成年であった生徒たちも、今では中年を迎えそれまでの人生の軌跡を見せている、美貌には影が差し、幾人かは亡くなり、中には刑に服していたり、町も面代わりしている。
ブランチは今でも立ち直れずにいる、過去の悲劇が何時までも尾を引いて、解決されていない罪の意識に、悲しんでいる。

そして足の長さの違う郵便配達が外のニュースを届けてくれるのを待っている。

親友の批判は避けているように、好きな作家の作品は黙って読む。

憔悴した父の体は人生の終わりになって、ようやく編み上げられたものが息をするたびに少しずつほぐれていくように見えた。あたかも人生をつかみとろうとして怒りを買い、人生からしかえしされて、生きることが生理的に苦しくなり、生きることが少しも重要でなく、これっぱっちも楽しくなくなってしまったように

こういうフレーズが好きなので。


お気に入り度:★★★★☆
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