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秋の牢獄



恒川光太郎

生活の中の牢獄といってもいいような空間で、リアルな風景の中にホラーというか不思議な感覚を溶け込ませた、深みには欠けるがアイデアの優れた一冊だった。

手にとって見ると、「牢獄」と言う題名が少し気になったが、読んでいると、捕らえられて出られない世界のことだった。

☆ 秋の牢獄
雨の音を聞きながら、朝起きて普通の生活を送る、友人の釣りの話を聞き、帰って音楽を聴きながら豚肉とキャベツの醤油炒めを食べて。
次の日に目を覚ますと変な既視感に襲われた。また雨が降っていて、友達は昨日と同じ釣りの話をする。日付けを聞くと昨日だと思ったのが今日だった。1日がダブっているのだ。
もう一度繰り返すならもう少し違った過ごし方があったのに。
ところがそれは一日で終わらず、とうとう同じ日の繰り返しのループの中に入ってしまった。
寝なければ明日が来るのかと、公園に散歩に出掛けたが、ふと毛布に包まれた感じがして朝起きると布団の中で雨の音もしていた。
こうして戻れない日が過ぎていった。そしてある日公園のベンチで青年に出会った。同じ日を50回も繰り返していると言った。仲間がいて「リプレイヤー」と呼んでいるという。公園の広場にはそんな仲間が集まっていた。また同じ日が来るなら、何をしてもいいはずだった。みんなでそう思いながら暮らした。
しかし終わりは来るのだろうか。
不思議な北風伯爵に出会う時、仲間が消えて行くという。不思議な白い顔のない影を時々見かけるようになって、仲間が少しずつ減っていった。

☆ 神家没落
春の朧な夜に散歩をしていた。ほろ酔い気分で気持ちよく公園の道に入っていった。その奥の少し開けたところに古い藁葺き屋根の家があった。
翁の面をつけた男が「奥へどうぞ」と言った。誘われて身の上話を聞いた。話し終わると男は面を残して消えてしまった。
仕方なく縁側に座っていると、一度漆黒の闇に包まれ、再び明るくなると家は白樺林の中に建っていた。
垣根から外に出られず、庭の果実を食べ特に水は甘露で沸いて出てくる。一定期間が過ぎると家は移動して、待っていた男が食料を運んできてくれた。
出るには身代わりがいるという。その時を待った。訪れる人がないわけではなかったが垣根より中には入ってこない。見えない結界が見えているように去っていく。
やっと待っていた身代わりが現れた。その男を家に残して逃げたが、その後事件が起こり始めた。
決まったルートで移動する家や、身代わりをおくという残酷なしきたりは面白かったが、翁の面という素材は少し唐突で違和感があるようにも思えた。

☆ 幻は夜に成長する
リカは海で誘拐された、連れて行った老婆は人を幻惑する術が使えた、物を一時的に変化させる不思議な力も持っていた。
リカはそれを受け継ぐ、老女が殺されて、4ヵ月後に迎えに来た両親のもとに帰った。
身についた不思議な力は残ったまま成長し、恋人もできた。
しかし恋人に秘密を打ち明けると、彼は離れて行ってしまった。
彼女は老女と住んでいたころの知り合いに出遭った。そして波に身をゆだね、彼の誘いに乗った。
それからは部屋から出ないで御簾越しに、相談に来た人の不幸を引き受け、身に飼っている怪物を育てていった。

一話の非現実な(パラレルな)世界が存在すると言うことのつじつまは合っているが、そのねじれが解消される根拠・過程が希薄で、現実の世界に戻す北風伯爵の力、それは何だろう。
一日が繰り返され、ループの中で暮らすことになると、遊びでも旅でも一日だけなら何をして過ごしても良くなる、心情は納得できるが、北風伯爵とはどういう位置なのか、なにものなのか。その世界だけに住むループ妖怪かなw
三話、随分アイデアが割愛されているのではないか。両親についても何か釈然としない。全く生活観のない世界に思えて残念。面白くて少し怖い伝説なのか、お伽噺風で面白いのに。


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