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空飛ぶタイヤ(上)



池井戸潤

空飛ぶタイヤ(上下)これは実際の事件が下敷きになっている。大型トレーラーのタイヤのボルトが外れるなんて、なんと整備点検の杜撰なことか、と憤慨した記憶がある。だがその後の話は知らなかった。

これは、フィクションにしても当時を思い出し現実感をもって読んだ。今頃引っ張り出して。

乱歩賞候補になったが、この事件の判決が降りてなかったためか見送りになり、「破線のマリス」が受賞したとか。
野沢尚さんの「破線のマリス」(若くして亡くなった野沢尚さん;;)を読んだのは随分前だと感じるかその頃書かれたものだった。

赤松運送のトレーラーの前輪のタイヤが外れて、歩いていた親子にあたり母親が亡くなった。140トンのタイヤが外れて暴走した大事故だった。
事故原因は運送会社の整備不良だとメーカーには決め付けられる、しかし自社のスタッフを信じる社長の赤松は納得できなかった。
この事故が原因で得意先に取引停止を言い渡され、事故車のメーカー系列だった銀行からは、融資も断られ、挙句には即融資決済の請求書が来る。
破産寸前の赤松は真相究明に奔走する。
しかし、赤松の前で、財閥企業の資金系列にある製造元は、自社の車の欠陥は見当らない、と突っぱねる。

一方同じ車の事故が多発していることに、不審を抱いた週刊誌記者から資料を渡され、それを調べるうちに、赤松は大手自動車メーカーのリコール隠しの実態に気付く。同業者の新たな証言も得ることができた。

巨大企業は同じ系列の傘下企業を抱えて成長してきた。
持ちつ持たれつの関係は今も変わらない、企業名さえあれば無理も通った。
企業人としてのプライドは愛社精神という名の下では、思い上がった傲慢な態度や慢心となり、ついに社員は会社名に負ぶさって腐敗した企業病に犯されていた。

零細企業対巨大企業。大企業名を笠に着たエリート意識対小企業の経営者魂、組織内の個々の軋轢など読み所も多い。

企業系列の銀行、ただ一行に頼ってきた現実がある。弱みを握れば、銀行マンは利益保全に徹する変わり身が早い。

捜査する警察内部の葛藤なども面白い。

登場人物は多いが煩雑さが感じられない、内部事情や人間関係の面白さ。本音を隠して組織に帰属するしかない社員の生き方も興味深い。
企業、銀行といえども、動かすのは人間であって、人としての幅の広さ底の深さが危機にあっては如実に現れるものだと感じる。
ただそういう立場に立ったときにしか発揮することができないという、社会的な上辺だけの身分制度、属する肩書きの弱さもある。
企業に属するということは、会社の利益の前では誰しも倫理観には盲目になり自分をなくすことかもしれない。
そうしなければ生きていけない、重い責任を背負っているのが殆どのサラリーマンであって、その重さが自己矛盾の辛さなので、一概に善悪は決められない現実がある。

この作者は実にうまい。緩急に長けて、たまに人情劇というような涙を誘われる話を入れる。
確かに、話に入り込んでしまうとそこで力が入り、泣けてくる場面もある。

赤松という社長が、破産瀬戸際で、社員や家族を前に、見得を切る台詞がたまらない。社員を信じ、命がけの言葉には神が宿るのか。
どっぷりと話に引き込まれて、思わず土下座してw 快哉を叫びたくなる。

題名だけ読んだときはSFかと思った。
が今銀行の危機も報じられ、大企業も安穏としてはいられず、苦渋が漏れ不正が明らかになってきている、俺様天下の足元も危うい。よれば大樹も今は昔かな。


お気に入り度:★★★★☆
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