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遁走状態



ブライアンエヴンソン

なんだろう、何処だろうここは。醒めない夢の中なのか。

多少内容が異なることがあっても、一日という単位は、日常という言葉に置き換えても何も不都合はない。
そして、その日常がたまに壊れることがあっても、日常生活が根元から崩れてしまうことはあまりない。
生きることはそういう時間の流れに乗って、それぞれがそれなりに生きていく。
だが、この本ではそうであってそうではない。あくなき不条理をこれでもかと書いている。
平板に見えた時間や空間が歪み、異常な事態に遭遇する。
異空間や出来事の真ん中に滑り込んだり投げ出されたり、存在根拠のない、自覚もない場所に立っていたりする。

周りが歪な形に見え始める。世界は自分側なのか、外にあるのか。
覚めない夢なのか、特異な体験に巻き込まれた恐怖、おぞましい環境、不都合な出来事、終わりの見えない不快な苦痛や驚愕や戦慄に巻き込まれた、不思議な気持ち悪さに沈み込んでしまいそうな、戦慄の合間には、ときどき笑いながらも凍りつきそうな19篇の短編。
不幸な環境でありながら自分が明確ではなくなっていく。不思議な短編集だ。
抽象的な物事をはっきりとした言葉で書き表し明確なイメージを創り出し、難しく恐ろしい世界を築いている。外の想像世界だと思えばこそ読める。

年下
父が狂い母が自殺した、その時から全てのものが破壊的に感じられるようになった妹と、現実をうまくかわしているような姉。

追われて
一番目の妻から男の筆跡のようなサインをした手紙がきた。家に行ってみると、暖炉の上に血の跡が見つかったので、一泊程度のバッグを車に積んだままで逃げた。
だがどうも二番目の妻につけられているらしい、逃げているうちに、三番目の妻も追って来ている気がする。どこに向いても、どこに止まっても、後ろの車が気になる。車を止めて見に行けば、二人とも死んでいるのはないか、もしかして私も。

マダータング
勝手に舌が喋り出した。言いたいことと違った言葉がでてくる。指もかってにくねくね動きだした。娘が入院させたが、。勝手に舌が言葉を作る。言葉に飲み込まれる前に死のう。銃を用意したが見つかり、言い遺そうとした言葉は「昆虫 」「イワシ、テント柱の合図」になって出てきた。

供述者
中西部の荒れ地で、現地人に囲まれ、逃げ道に窮した弾みに言った言葉で、ジーザスにされてしまった。

脱線を伴った欲望
彼女を捨てて家を飛び出したが、うちを離れられずぐるぐる周っていた。決心して帰ると彼女は骨になっていた。

恐れ
動けない、まるで死体のようだったが、医者は原理的に死んでいることと、実際に死んでいることを説明する。死んでいるといわれたわたしはガラスに自分を写して見た。

テントの中の姉妹
離婚して世話をしてくれていた母親が勤めに出て、次第に帰りが遅くなっていった、父親の元に行く日も決まっていた。両親の帰りが遅くなり、帰ってこない日もあった。父の家でも姉妹は毛布を家具に渡しテントを作りその下で遊んでいた。

第三の要素
報告書を出し次の任務につく。任務は常に監視されている。それが事実でもそうでなくても、どんな方法でもいつまでも生きていけるとは思えない。

チロルのバウアー
旅行先のチロルのベッドで妻が死にかけていた。妻は次第に変容してついに死んだ。彼は紙に線をひいた。その線から妻に形が見えて来るようにと。何も出ては来なかったが鉛筆を離せなかった。

助けになる
ワイヤーがかれの目と鼻を割いた。処置をして家に帰ると、妻が「出来ることはある?」と聞いた。ない。周りは暗闇だった。彼は家の明かりを消してしまった。帰った妻がこちらの世界に来るように。なにか手伝うことはない?と妻に聞けるように。

父のいない暮らし
父は袋をかぶる様になった。紐で首のところを縛って家をうろついては倒れた。倒れると紐を緩めてあげた。とうとう床に倒れたままで死んだ。お母さんが出て行ってから父は父のようではなかった。おばに引き取られたが、父の死について警察に尋問された。そこに母が捕まってきた。母は無実だと言えといった。なにも言うな、何もするなと明晰な自分の心が言った。

アルフォンス・カイラーズ
カイラーズを殺して国外に出ろと言われた。船にもぐりこむと、名前を問われ「カイラーズ」だと名乗った。 海でおぼれかけていた男が救われたが、彼がカイラーズだった。救命ボートで流されたがカイラーズに救われた。気がつくと大きな船に乗っていた。自分はカイラーズを殺したらしい。しかしヒゲをそろうとして見た鏡にはカイラーズの顔が映っていた。カイラーズで暮らしていくしかない。

遁走状態
被験者はアルノーに「遁走状態」と言って、目から血を流して死んだ。アルノーも「遁走状態」に罹った。どこかおかしいがそれがわからないまま、精神は遁走状態になった。俺はいったい誰だろう?

都市のトラウブ
夕暮れ近く、トラウブの顔が変化していき、分解し、トラウブはベッドの上に浮かんでいた。空の中で時は少しずつ早くなり自分のことが分からなくなっていった。

裁定者
大火の前は何でも引き受ける男だった、やってきた男に紙切れを渡され、玄関に来た男を手斧で殺せと書いてあった。男が来た、地所をもらって耕して暮らしたいと言った。「あなたがこの共同体の裁定者なのだから」
それを許可すると次々に人がやってきた。外に出ると農場は遺体でいっぱいだった。隣人に一部始終を話し、それ以後ずっと家に籠っている。


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