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さようなら、オレンジ



岩城けい

オーストラリア。どこに住んでも生まれた風土を心の奥底に秘めていることを、故郷を離れてより強く意識する二人の女性と、それを取り巻く人々の暮らしを書く。

一人は祖国の戦火を避けて二人の息子とともに逃れてきた黒人女性「サリマ」 
夫の研究に同行してきた直毛の黒髪を持つのでつけられた名前の「ハリネズミ」

新しい天地で生きていくために、現地の言語から出発しようとする二人の女性に焦点が当てられる。
同じように生きるために言葉の持つ力を感じ、それを学ぼうとする人たちとの、交流が書かれている。

難民のサリマは生肉工場に職を得る。現地人とは全く異なる風貌は、差別とはいかないまでもやはり異郷人である。
だが彼女は生きていく。まず言葉を得なくてはならないと、職業訓練学校の英語クラスに入学する。
一方「ハリネズミ」は自分の学問を諦めて夫に従ってきたが、一歳の娘を育てながら、やはり以前から書き始めていた創作を英語で書き上げたいと思い英語クラスに入る。

「サリマ」の生活は作者の言葉で語られ

「ハリネズミ」は創作学校の教師に当てた手紙で綴られていく。

二人が次第に環境になれ、日常英語を使いこなせるようになって、新しい自己を多くの語彙を選択し認識できるようになることで、より自分の生きている世界が理解でき、言葉というものからより深く未知だった日常の些細なことまで理解できるようになっていく。
新しい言葉は外の目を持って自分を語ること、言葉の持つ力を感じながらで生きていくこと。
そういう作者の意思がある、主人公たちの苦悩や寂しさや、たくましさを見つめる人たちの内面も描き出していく。

いつまでも母国語は忘れることが出来ない、育った風土もそうだ。
サリマはそれを息子に伝えたいと思う、一方次の世代の子供たちが両国の言葉で生活に溶け込むことも願っている。

小さな心温まるエピソードを読みながら、決して自己は分かり合えないかも知れない。
しかし自分だけの基盤を持ちながら、共通の言葉を学ぶことで、いつか心の世界は共有できるという二人の決意が伝わってくる。

ただ英語で創作をしたいという「ハリネズミ」はお伽噺でない生きた物語を書きたいとも言う。文章を書くことが、つながれてきた母国語という鎖から開放され、英語の単語を集めて文章を組み立てることが新鮮な気持ちで感じられるようになったこと、先生への手紙はそういう決意を述べて結んでいる。

もう少しディテールにこだわるようにとのことでした。ディテール。これが全てだといっても過言ではないと先生はいつもおっしゃいます。「強すぎる、副詞が足りない、形容詞を副詞で訂正しなさい」と。英語の形容詞は多彩すぎて、形容詞を選ぶときは実際の会話や口ぶりから分析したうえで感覚に頼るしかありません。(……)先生が丁寧に選び抜いて私に掛けてくださる言葉と同じ。

国を出て言葉も環境も離れた視点で、自己を見出すと言う難しい環境の中で生きていく、世界は近くなり、また遠いものにもなっている、今。

母国を離れた生活でも、言葉を学ぶことを通して異郷に理解を深めていくことを選び、たくましく自己を発見していく二人に感動した。

作者も気づいているらしい言葉を読むと、この作品を仕上げてはいるが、まだ自分が書ききっていない、お伽噺でないお伽噺の部分を作品にしたいという更なる意欲が感じられた。
沢山の賞を受けている。だがこの作品を土台にしてさらに深い人間性を、作者が目指す作品、海外からの視点で書いた作品を読みたいと思った。


お気に入り度:★★★☆☆
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