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さよなら渓谷



吉田修一

映画の衝撃で、つい原作に手が伸びた。暑い夏の空気の中で傷ついた女と傷つけた男の暮らしが重かった。

読むよりずっと先に映画を見ていた。

映画を見たらあまり原作は読まないのだが、この映画には主演の二人の、お互いを癒すように見えて、過去から逃れられずにいる。そのために傷つけあいながらも一緒に住んでいる男女の奇妙な愛の姿があった。
暑い夏の熱気に中で、狭い何もない仮の宿りのような粗末な部屋も、将来に結びつかない、危うい今の姿をそのままに、けだるく、熱く描かれていた。

映画は、のっけからの真木よう子と大西信満の過激な絡みが話題になったが、夏のむんむんする暑さや、隣の主婦のわが子殺しや、その主婦と大西信満の浮気疑惑が、これは夏に読まないでよかったと思うほど、汗臭く泥臭い物語だった。

隣で発生した子供殺し、それを追うトップ屋、ニュースに群がってくるマスコミ。そうして、二人の過去まで知られ、隠し切れなくなっていく。女の虚無的な生き方と、男が悔恨にひしがれつつ生きていく姿が、人の弱さをひしひしと感じさせる。

人家から離れて澄んだ川が流れるところで暮らす二人は、隣の騒ぎの外にいても、いつか過去の傷口を広げていき、女はもう男と住んでいられないと感じ始める。

レイプ犯と被害者の同居関係。人生を狂わしてしまった一夜の悪ふざけの事件が、生涯の不幸の根となって生き残り根をはり、周の好奇な面白半分の目に晒される。
それがこともあろうに事件の中でも大学野球部と女子高校生の悪質なレイプ事件だった。

当事者たちは時間がたっていたが、お互い生きづらい中で出逢ってしまう。
二人は、過去の事件によって深い悲しみと、周囲の好奇な冷たい目に晒されて生きてきた。
他人ごとのように考え忘れて生きることが、救いであったのかもかもしれない。

買ってあった、この「さよなら渓谷」は、勝手に名作だと思っている「赤目四十八瀧心中未遂」と同じような濃密な人生の一編を見せられるようだった。
生活圏の最下層に属する人たちが織り成す過去と現在、読書の世界は、現在の自分と距離がありそうでどこか重なる、そういった生きる重みがずっしりと感じ取れた。

寄り添いながら常に距離があるふたりを、周りの人々の生活を絡めて読ませる一冊だった。
交互に語られる二人の過去も、いい構成だった。

同じ作者の「横道世の介」が明るい中にもの悲しさを秘めているのに比べて、これは終始、重く暗い人生と、人はそんな中でも空気を求めるような、ささやかな安らぎがあれば生きていけるのかという風にも感じられるが、しかし開放されるために何をしたのだろう。生きることは何かもの悲しい。
こういった特殊な世界でなくても、人は重い何かを背負っているに違いない。

根源的な愛や性に関わるニュースや事件となると、それを見聞きする人の品性があらわになる最近の報道、日ごろの出来事を思い出した。


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