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とっておき名短篇



北村薫
宮部みゆき

題名どおり面白かったし、長編で馴染みの作家の珍しい作品を紹介され世界が広がった。もちろん編者のおふたりに勧められた12編は、短時間で一気に読んでしまえるくらい面白かった。

特に、初めて知り、目を見張るほど驚いたのは、世界でマルチに活躍していると言う「飯田茂美」さんの「一文物語集」

読点で収まる一文の中に。ホラー、SF その他、様々な要素の含まれた大きな背景を想像させる一文物語の面白さはバツグンだった。

108編の中から少し引用してみる。連番になっているので抜粋してみました。


夜警の警備員をしながら、彼はいくつもの古典悲劇を暗誦できたが、この何十年かのあいだ、外に向かって口から出す言葉といえば、「こんばんは」「お疲れ様でした」など、いくつかの挨拶だけだった。

15
深海魚に会おうとした揚羽蝶が、海面にへばりついている。

21
教室中の机が青く透明になってゆき、授業中だというのに床から一斉に浮かび上がって、窓から次々と抜け出していった。

31
きっぱりと断られたのにも挫けず、なんとか弟子にしてもらおうと数年間その老人のあとを追っかけ続けて山奥へ踏み入り、ふたたび平伏して入門を願ったところ、青年のほうではじめから人違いをしていたことが判明した。

62
師匠のいえから預かってきた巨石の重みで、1歩1歩沼地へ足がはまっていって身動きが取れなくなり、せめて自分よりも送れて沈むように石を頭上に掲げ持っている。

63
盗賊の首領が、ある晩洞窟の奥で宝石をちゃらつかせながら、突然、幼いころ自分が盗賊になろうと思い至った理由を想い出し、がばっと立ち上がるや単身馬を駆って、郷里へ砂糖菓子を買いにいった。

71
わたしが愛しているのはあなたの囲いこんでいるものじゃなくって、あなたっていう薄っぺらな膜なの、と水溜りに浮かんでいるあぶくが隣りのあぶくに耳打ちした。

84
街を見おろす塔の頂上に据えつけられた彫像は、数百年間人間の群れを眺め続けているうちに、だんだん虚ろな目つきになっていった。

88
奴隷として売られていく夫の足にすがりついて妻が泣きじゃくっているうちに夫は連れさられてしまい、片足だけが残った。

98
二本並んだ切り株が、かって見はるかした遠景や、集まってきた様々な鳥たちの思い出を、愉しげに語り合っている。

101
一本の腕が地面から突きだしており、周囲の土をどんなに深く掘っても、なかなか腕につながる胴体が現れない。

まだまだ挙げきれないが「e本の本」から「一文物語集」として出版されているそうだ。
このシュールさ、まとまりのよさ、現実感、浮遊感、ショートショートを煮詰め圧縮したような作品の味わいは素晴らしい。
積読整理が終わったら是非読んでみたい

ほかに「ほたるいかに触る」 蜂飼耳
「運命の恋人」 川上弘美
「絢爛の椅子」 深沢七郎
「異形」 北杜夫

さすがにお二人の選ばれたものはどれも甲乙つけがたい、ただ単に好みに偏するが、上の4編が意表を突かれてというか新しい発見があって読んでよかった。


お気に入り度:★★★★★
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