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シェパード



フレデリック・フォーサイス

クリスマスの飛び切りのご馳走は、管制塔の老人の不思議な話だった。

フォーサイスは70年代に、大作3篇をもって世界で認められた人だ。作品は重たくそれでいて面白かった。偶然文庫になっていた「シェパード」を見つけた。
今でこそ航空機が鳥のアタックで落ちたり、氷点下では整備後も氷が残っていたり、エンジントラブルでハドソン川に不時着しても原因は知ることが出来るようになった。だが少し前まで事故原因の解明が難しく、空を飛ぶことは少し恐ろしかった。

断筆宣言のはずが、暫くしてこの本を見かけ読んでみようと思って買ってきたが、ちょっと熱が冷めたのか本棚で眠っていた。
これは、フォーサイスの体験も交えて、戦闘機が出逢った不思議な体験が元になって出来た作品だそうだ。

1957年12月のクリスマスイブ、ドイツにある英国空軍基地から戦闘機ヴァンパイアが飛び立った。その日最後の一機で、すぐに管制塔の灯が消えて、イブの騒ぎが湧き上がってきた。
操縦士の私はイギリスの故郷に帰るところで、風防は外気の冷たさを写していたが温まった単座の上でぬくぬくと出発した。
だが十分ほどたったころ突然計器が止まり無線も通じなくなった。
コンパスも回転したままで、進路も見失ってしまった。速度計と高度計だけがかろうじて生き残っていた。
飛びなれた目で見ても、夜の目印はぼんやり見える灯火だけで、それも霧に閉ざされてしまった。ライフジャケットをつけて降下したとしても北海の冷たさで忽ち凍りついてしまうだろう。
どこかの管制塔のレーダーに写ることを念じるしかない。だが、イブの管制塔は、お祭り騒ぎの中だろう、落ち着いた管制官に発見される希望は薄い。
決められた措置として、変則の飛行行動をとる、そうすれば早期警戒システムのレーダーが捕捉してくれる。曹長の教育を思い出した。
二分間隔で大きな三角形を描く。レーダーは捉えてくれるだろうか、救援機(シェパード)は間に合うのだろうか。燃料は? 初めて神に祈った。
死を覚悟して絶叫した。まだ死ぬには心残りがある。悲しかった。
左翼を月に向かって沈めた時、何かの影が横切ったような気がした。月は反対側にあって乗機の影ではない。
旋廻を続けながら高度を下げスピードを落としシェパードの左翼に並んだ。操縦士の影がはっきり見えた。
シェパードは大戦で活躍した戦闘爆撃機モスキートだった。現役最後のモスキートは二つのプロペラを持ちスマートな形で一世を風靡した。
飛行帽につつまれ風防メガネの二つの玉が光っていた。腕と指で出す合図が見えた。私は燃料が後5分でなくなると返事をした。
レーダー室からの指示が彼には届いているのだろう。私は水平飛行から降下していった。だがどこにも滑走路の灯火が見えなかった。
だが自信を持って誘導するシェパードについていった。突然ぼんやりと並ぶ燈が見えて滑走路が確認できた。どこの基地だろう。
着陸を確かめて、シェパードは飛び去っていった。
太った管制官が走ってきた、人気のない基地は廃屋になっていて、残っていた老人がかすかな音を聞いて灯火をつけたのだと言う。
私はついていた、ついていたんだ!
老人の好意で元兵舎の跡で泊まることになった。
老人は思い出話をする。この部屋はモスキート乗りの部屋だった。愛機に乗って戦いに出ては傷ついた戦闘機を誘導してつれて帰ったんだ。
やはりついていた、プロのシェパードが救援に来てくれたのだ。

だがまだその後の話が続いた……。

三編の話が載っている
ブラックレター
 殺人完了
 シェパード

どれも捻りがあり、予想外のオチが効いている。長編もいいがそれに劣らないピリッとした出来栄えだった。


お気に入り度:★★★★☆
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