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冬の犬



アリステア・マクラウド

遠い祖先の血を受け継ぐ、島の人たちの今、家畜を交えた暮らしをつむぐ珠玉の短編集。

北アメリカの5大湖の東オンタリオ州から東に位置する半島の先、左には「アン」のプリンスエドワード島が見える。
そこはケープ・ブレトンに島ある。ガボット海峡を越えるとニューファンドランド島。
イギリスから渡ってきた最初の人々が住み着きそこで根を張って、子孫を増やしてきた。言葉はいまだに古い人たちはイギリス、スコットランド地方の、ローランドまたはハイランドなまりを聞くことが出来る。
その島で育った、アリステア・マクラウドの珠玉の短編集。

彼は31年間に16編の短編を書いた。この「冬の犬」は後半の8編を納めている。

何代にもわたる家系を引き継ぎながら、狭い島で農業と牧畜で暮らす人たち。四季を通じて周りの海は姿を変え色を変え、日に染まった夕暮れ、霧の深い朝。四季それぞれの移り変わりの中で暮らす子沢山の一家の一日であったり、兄弟の絆や、父親が息子に伝える、牧畜の智恵だったり。忘れていた遠い暮らしの懐かしい風景が繰り広げられる。

今は移住者も分化してつながりも曖昧になったがやはり名前を聞くと遠い遠い血のつながりがあるような人たちや、よそからきて住み着いた人たちとの交流、牛の種付け、馬の交配。生まれる子どもの世話。春から始まる牧草集め。暮らしは営々と続いている。

四季折々のささやかな心浮き立つ行事の様子など、すべてが命を繋いでいくという終わりのない生活の中で、悲しみや喜びを載せて鮮烈にまた刺激的な出来事もこめて、濃く暖かく暮らしを描きだす。
時には厳しい雪との戦い、馬で走ると巻き上がる光の粉の様な雪のかけら、馬の白い息。時々襲う猛吹雪。冬の描写は美しく厳しい。

春に芽を吹く一面の緑。そのなかで生きている人と家畜の愛情深い交わりが、今では遠くなった暮らしをしみじみと見せてくれる。

「幻影」
船の舳先からカンナ島の湾曲した先が見える。小さな半島だったが当時は船で行くのが近かった。やっと許されて双子がそこに行き、不思議な盲目の老婆に会う。その先に2人の曽祖父と曾祖母が住んでいた、雨を避けて駆け込んだ盲目の老婆の荒れた家の中は、犬と猫がすみつき、寒い日は壁板をはずして燃やしているようだった。
ある日遠く黒いけむりがたち昇るのが見え老女の家が焼けたのを知った。盲目の父はその半島の昔のことを知っていた。
今では車で海伝いに行けば近い距離だが、子ども時代には遠く離れた不思議な島だと思っていた。陸地では酪農、海では兄弟は父とともに海老もとっている。なんだか「フォレスガンプ/一期一会」のエビ漁を思い出した。

子犬を拾って育て、その犬の子どもたちに殺された話。それは今でも死を前にした人の前に灰色の大きな犬が幻のように現れるという、その言い伝えは心の奥深くひそかに受け継がれていた。
父の臨終で犬の気配はないか、父は何かを怖がってはいないか。子どもたちは息をつめて見守っている。

「冬の犬」
12歳のとき子犬が箱に入れられてやってきた。犬は大きくなるにつれ足は毛で覆われ、コリー特有の金色の毛に変わった。しかし訓練しても役には立たなかった。犬はますます大きくなり、羊は追い払う、役立たずの乱暴犬になった。

力があるのでそりをひかせて流氷を見に行った。アザラシが流れているのを見つけたが重くて海岸まで運ぶのに骨が折れた。氷の割れ目に半分浸かりながらもがいていると、流れていく流氷を飛び越えて犬は案内をするように走り陸にあがった。そしてなぜか安全な氷を渡ってまた戻ってきた。
風の強い日だったので私の声が聞こえたのかどうか知る由もなかったが。

うちにそっと帰り誰にも気づかれず服を着替えて居間に戻った。犬はそのまま寝そべっていて「どこへ行ってきの。こんなにびしょびしょで」わたしは犬の周りを何気なくモップで拭き取り。犬に助けられたことは誰にも言わなかった。それから二度目の春。こんもりした丘の上に座ったいた犬が撃たれた。弾は肩を射抜き犬は宙に跳び上がった。それでも1キロも歩いて家に帰ろうとしたのだ。

犬が私たちと暮らしたのは短い年月で、犬はいわば自業自得で自分で運命を変えたのだが、それでもまだあの犬は生き続けている。私の記憶に中に、私の人生の中に生き続けている。

「完璧なる調和」
父、アーチボルトにみんなでゲール語の歌を歌ってほしいと言うリクエストが来た。ちょっとした紹介番組だったが、歌を途中で切られるのが気に食わなかった。でもアーチボルト一族の歌のうまい人たちが集まった。

最後まで読んで、長い長い涙まじりの溜息が出た。
たまにこうした「完璧な宝石のような文章」といわれている本を読むのも読書の楽しみかもしれない。何を読んでもすぐに忘れるのに、これは何か、いつかどこかで、見たことや感じたことがあればふと連想されるような物語。長く記憶できそうな作品だった。


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