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去年の冬、きみと別れ



中村文則

「君と別れたのは冬」なので、そこからいくと物悲しい別れで、男女の別れか親子友人あたり、もしかしてラブストーリーかな、と背表紙を見て思った。しかし帯を読んでみると凄い。

ジャンルもミステリでしょうが、人物の絡みや流れはホラーかもしれない。重要な登場人物で精神的に安定してる人がいないし、自覚があったりなかったり、やはりみんなどこか狂っている、そういう人間の話なので、読むほうも不安定な状況に迷ってしまうような。

 帯には

愛を貫くのは、こうするしかなかった。
 ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は、二人の女性を殺した容疑で逮捕され、死刑判決を受けていた。調べを進めるほど、事件の異様さにのみこまれていく「僕」。そもそも、彼はなぜ事件を起こしたのか?それは本当に殺人だったのか?何かを隠し続ける被告、男の人生を破滅に導いてしまう被告の姉、大切な誰かをなくした人たちが群がる人形師。それぞれの狂気が暴走し真相は迷宮入りするかに思われた。だが――――。

 

大筋は話せるところだけで帯に載せるとこうなるのだが。実は冬に誰と誰が別れたか、それもひとつのポイントだった。

ライター(僕)が一応主人公で、被告と会って話し(録音もして)真相に近づいていくと言うのは普通の進み方。そこを作者は難しい感覚的なシーンを映像化して様々に転開にしている。これが短いセンテンスの文章になって進行する。

取材も何も、カメラマンだった被告自身、自分がわかってない。彼は以前チョウの舞う幻想的な写真が一時評判になったが、それを越える作品が撮れないでいる。それで撮影状況を作りだすために殺人を犯した。

被告の理屈の多い芸術論や、現状をわかってない話に巻き込まれ、ライターも自分の存在意識が曖昧になってくる。その絡まった様子を作者はどんどん書いていく。

被告は写真に取り憑かれて女性を焼き殺すと言う残虐な殺人を犯した、と回りも思い自分もそうだと思っている。
蝶を超える作品を生み出すために、芥川の「地獄変」の迫力を現実の写真で試そうとしたと言う犯行理由もあげている。

被告も姉も養護施設の出身である。遺産があり生活に困っていない。ライターは姉を取材をするために遭いにいき、不思議な魅力に引き込まれてしまう。
ライターには恋人がいるが、姉の魅力に逆らえず、姉も暗に恋人と別れろというようなことを言う。

被告を取材している中でK2というグル-プが出てくる。被告ライターもメンバーで、その中に人形師がいる。

被告はその人形師が天才だといい、彼の作る人形は愛する対象をそのまま模倣するのではなく、愛している本人が作り上げた恋人の幻想(イメージ)を的にその特徴をデフォルメしたものを創っている。
それが天才と言われる所以で、精神にヒビが入ったような一部の人形マニアに受けている。
制作を依頼してくる者は自分の恋人に執着しすぎるところがあり、その結果人形のほうにより愛情をそそいでいく、そんな異常者を呼びこむところがある。
人形師は人形を作ってはいるが、その後の出来事からもう手を引きたいと思っていた。人形が呼んだと思われる事件に、人形師は戸惑っていた。
この象徴的なサブストーリーが面白い。

ミステリだしと思っても、作者の意図は最後までわかりづらい。
病んだ人たちのドラマがこんな縺れたものを読むと途中で、それで何?と訊きたくなる。

どんな面白い設定でも、多少は読み解けるくらいの正常な部分がないと。もう一度読み返すと随分明らかになるところもあるが、文字や文章だけで引っ張るのは、引っ張られるほうも力の込めようが無かった。

人形師の薀蓄や、引き合いに出した「地獄変」はどうなのかな。無くても通じる。
カポーティの「冷血」は象徴的でうまいとは思う。


お気に入り度:★★★★☆
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