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蜘蛛の巣のなかへ



トマス・H・クック

父の最後を看取るためにカリフォルニアから20数年ぶりに帰ってきたロイ。

若い頃には逃げ出すことばかり考えていた故郷の、 ウェスト・ヴァージニア州キンダム郡は谷間にある貧しい炭鉱の町で小さい池や村落が点在し、川が一筋、 無舗装の道路が走っている取り残されたような場所であった、東北にあるウェイロードは電気もない、より貧しい地域でロイの父はここの出身なのを恥じていた。

母も弟も亡くなってしまい、肝臓癌で余命いくばくもない父を看取るのはロイだけになっていたし、いくらお互いの間には憎しみの心だけしかなかったとしても帰らないわけにはいかなかった。

もう二度と戻るまいと思って出た故郷の暑い夏の日、ロイは否応なしに、 心から締め出していたはずの過去に絡め取られていく、まるで暗い貧しい谷間に張られた蜘蛛の巣に絡まるように。

一番深い心の傷となっている弟の死、無邪気で純真で明るく輝いていた弟が、ガールフレンドの両親を射殺して留置場で縊死した。母親はそれを苦に病死してしまった。

ロイにも結婚を決意した美しいガールフレンドのライラががいて、この二組のカップルは事件の前にも一緒に居たのだ。
そんなこともあってロイにも一時疑いはかかっていたが、逃げるようにカリフォルニアの大学に入ったロイの所にライラから突然、結婚は出来ないと手紙が来て、ロイは将来の夢とともにすべてを忘れることにしてしまった。

帰ってきて、偶然川で死んだ男とかかわり、近所に住むライラの母から父の過去にまつわる話を聞いた。
父の育った貧しい部落に行って話を聞いているうちに、若い頃の父親が次第に見えるようになる。
寡黙で気難しく、母との結婚も家庭も不幸であり、不運を背負った人生は家族にまで及び家庭は崩壊していた。

そんな父は、若い頃の話を心の奥にしまいこみ家族には決して話そうとしなかった。
ロイはその過去に踏み込むことになり、父の深い暗い過去と対面する。
父の救われない闇の中には、今引退して息子に譲ってはいるが元保安官の陰がちらついていた。
独裁的な保安官はその権力を利用して弟に不審な行動を取らせたのではないか。
ロイは初めて、捜査記録を調べことの真相を明らかにしようと思いたつ。

犯人は果たして本当に弟だったのだろうか、ライラはなぜ急に約束を違えてしまったのだろうか。
父の保安官に対する憎悪の根源は。
謎が解き明かされるにつれ今まで憎しみと蔑みだけしか感じることの出来なかった父のかたくなな心が、すこしずつ理解できるようになる。

謎解きも面白いが。クック独特の登場人物のもつ悲しい運命が心に残る。
随所に見られるミステリーらしい仄めかしは情感の豊かな風景や心情の描写の中ではあまり露骨でなく、半ばで結末を予想して裏切られるちょっとした作為も、ファンなので気にしない。


お気に入り度:★★★★☆
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