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傘をもたない蟻たちは



加藤シゲアキ

本屋さんでカドフェス2018の棚に並んでいた中からタイトル買いをした。 読み始めて作者のプロフィールを読んだが、なんと彼は30歳の若者で、ジャニーズのタレントだった。失敗したかもと思いながら。

だからどうというのではないが、タレントや芸人という既にその世界で名前が出ている人たちの本も多い。小泉今日子さんの書評は前に読んでいたのでとても好感を持っていた。タレント本という名前で苦労話や成功譚など特にファン向けにあるような本や写真集が出ていたがチラ見ですましていた。最近は又吉さんのこともあって、タレントという名実ともに才能があり小説家でも活躍する人が増えて来たと実感した。

世代の差や世界観の違いがあればレビューが難しいかもしれない、と重い気分で読み始めた。

短編が7編、初めての短編集だというが、キャラクターもストーリーもいい。べたべたの現実を自己流の視点で著すのではなく、心に拡がる風景を暖かく時には哀歓をもって語っていく。スタイルも言葉も新鮮で、年齢の差を超えて共感できる部分があった。

☆染色
美大生のはなし。橋げたにこっそりアートを描いている女性との出会いと別れ。
これは若者の平均的な生活の欠片のようだが、今時感がたっぷり。

☆Undress
 タイトルが面白い。
父親のように零細企業に勤め倒産の憂き目にあいたくない。家族は満足な暮らしができなかった。そんなのはごめん だ。
猛勉強をして有名広告会社に入り実績を積んだ10年。さあ念願の脱サラだ。脱いで重なったスーツは過去の抜け殻だった。送別会の拍手に送られて、こちらも選りすぐった赤いボールペンを配った。残った一本は自分用に。
休暇が始まった。実績があるし未来には余裕があった。そろそろひた隠しにしていた彼女と遠慮なく会える。と思ったが。彼女の意外な真実が甘い未来を打ち壊す。軽いミステリかも。

☆恋愛小説(仮)
「男子の恋愛」というタイトルで書いてほしいと女性週刊誌から依頼が来た。という書き出しで。これで作者は何を書くのかちょっと期待した。 
これは上手い。着想がファンタジックなSFだ。
書けるはずがないと思いつつ題名は「恋愛小説(仮)」とした。とりあえず200文字書いた後酒を飲んで眠ってしまった。200字に書いた理想の美女とのあれこれをそのまま夢に見た。200字書けばそれを夢に見る。次々に200字だけの内容は理想通りに更新して付き合いが発展して行った。200字の夢に取り込まれた。だが。予想外なことに。

この依頼は実際にあったそうだ。

☆イガヌの雨
 イガヌは食べ物だ、18歳未満は食べてはいけない決まりがある。
イガヌは突然飛行機から降ってきた、それから毎年12月に降ってくる、おいしいし薬効がある、栄養が豊富で食べれば餓死寸前の子供がみるみる回復する。試験明けの開放感で友達と初めて食べた。おいしすぎて従来の家庭料理や食材が消えていく。

☆インターセプト
なんとなく自己流だがいいと思った彼女の落とし方。
こんな所はこう演じるのか、スーパーボールで黄色いタオルを降ることなどまねる。
大人な世界が若者風に。

☆おれさまのいうとおり
ゲームをしていたら8階なのにベランダから「おっさん」が入って来た。
「LOOPER」とか「時かけ」だの「タイムリープ」だのという言葉が挟まる。おっさんは俺の恥ずかしいことまで知っている。これは未来の俺か。まじで?

☆にべもなく、よるべもなく
 田舎町なので首都高速に乗ったことがあるという工藤先輩を尊敬している。中三で「妄想ライン」という小説で小さな賞を取った、村で知らない者はない。先輩は首都高を走ったのか、免許もないのに。
しかし親友のケイスケは、フィクションだろうそれでも本質には変わりがない、などと分からないことをいう。
だがケイスケの秘密を知って、彼を理解するのに時間がかかった。
浜で独り暮らしの根津ジイとは親しくしていた。ケイスケが遠くなっていく姿を見て、根津ジイがいう。

「お前、なにか間違ってるな。人ってのはな、喜ぼうと思っても限界があるが、悲しもうと思うと際限なく悲しむ悲しむことができる。わしは悲しんだりしない。ただの出来事として受け入れる」

喜びは有限。悲しみは無限。僕は心の中でそう何度もつぶやいた。

先輩は実際に運転したのだろうか、免許を取った僕は首都高を走っている。

スタイルも、テーマもよく考えられ面白かった。アイドルで今30歳の加藤シゲアキさんに若書きとは言えない。
私はその頃子育てで忙しかった、環境は全く違っていても、この短編集が楽しめた。
言葉の感覚も好みで、こういった人間性の感じ方や観察感の方向も爽やかで、ずいぶん世代のギャップはあるが好感を持った。現代の若者言葉もうまく嵌っていいリズム感を出している。


お気に入り度:★★★★☆
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