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呼人(よひと)



野沢尚

12歳で成長が止まった男の子「呼人」は、何のために生まれて来たのだろうと思っている。
周りは彼を置いて年を重ねて行くだろう。

MITで薬学研究をしていた日本人が 遺伝子操作で密かに作り出した成長を止める薬を、試験的に、たまたま出合った妊婦に注射をした。
女はテロの首謀者として世界を転々としていた。生まれた「呼人」を妹に預けてまた世界に出て行った。
今の母は育ての母だと知っても、彼は12歳まで普通に成長し、友達と山に基地を作って遊んでいた。
この話はまるで「スタンド・バイ・ミー」のように始まるが、12年後呼人の成長が止まった。外見は子供のまま育たない呼人は、友達と進路がわかれた。

14年後、呼人26歳。友人の一人だった小春は家出して逢えないまま。秀才の潤はアメリカの大学を出て銀行に就職したが、金融先物取引で損失補てんに失敗、刑務所にいた。厚介は数学者の父の期待から逃げて自衛官になり、北朝鮮の捕虜を救いに派遣された時、地雷原で片足を失った。

呼人32歳。教師になるために免許を取ったが子供姿では採用されず、自宅で通信講座の添削をしている。
6年前に母を探しにアメリカにわたった。母は研究者の父と、短期間夫婦として過ごしたというがその後別れていた、彼は疑問に思って来た真実に直面する。絶望しつつも将来を考え直しに帰国した。

子供の頃に遊んだ思い出の山に、ごみ処理場が出来ると言う。谷にシートを敷き有害物質を捨てる計画を知る。まだ手のはいってない最後の風景を見ておこう。
「呼人」はむかし辿った道で偶然に小春に会う。彼女も最後の日を知り訪ねてきたという。
小春は運命について話す。

人間はだれしも、何かの意味を持ってこの世に生まれてくると信じたい。メーテルリンクの「青い鳥」ふうにいうと、子供が生まれてくる時に「時のおじいさんが」から持たされる、「お土産」という名の「宿命」だ。

この奇妙な人生は必然で、12歳のまま生きているのは、誰かの悪戯とか、単なる事故とか、そんな風に思いたくなかった。生涯下す事ができない荷物を背負っている現実を、単純に思えば、荷を軽くするためにどう生きるか呼人の将来を作者に託して見続けるしかない。

呼人は生き続けるが、こう書きながら作者は2004年44歳で早逝したのだ。

呼人はもう一度手がかりを追って、導かれているように旅立ちの決心し、母を訪ねる旅に出る。

人の手でつくりだされた成長が止まる運命に苦しむ話かと思っていた。だが、次第に呼人の心がわかってくる。
友達のそれぞれの境遇も同じように重い。

話の中で断片的に出る北朝鮮問題。米国の熾烈な先物買い、為替取引の現状。ごみ処理問題も背景にして、2010年で話の幕を閉じる。
発行が1999年なのでごく身近な未来という設定だが、呼人の時代を読んでも現代とのギャップはあまりない。目新しいテーマでもなく、重い現実に対して、自分に引き寄せたならもっと深いものが潜んでいるように思うが、これはこれでいいのだろうと思いながら読んだ。


お気に入り度:★★★★☆
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