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孤独の発明



ポールオースター

詩人から作家になろうとする、オースターの魂が宿ったような感動作。

見えない人間の肖像

ポール・オースターの初期の作品だそうだが、彼が作家になろうとした過程でまず書くことで過去を生き返らせる方法を取る。

それは過去の記憶を、平行して過ぎていった自分の時間を、亡くなった父親を書くことで現在に手繰り寄せていく。

父親は意固地で頑固で、自分の周りに人を寄せつかない、なにか現実から浮き上がったような人だった、世間からはみ出さないだけの智恵はあり、心のこもらない言葉はすらすらと出てきた。経済的には豊かさを金で買うことが生活の一番の目標だった。不動産業で一時は成功した。世間的には、面倒見がよく先が読め人から親しまれている部分もあった。

三週間後遺品の整理中に、手もつけていないらしい一箱の写真を発見した。初めて父の過去と対面する。
父の生い立ちを見たとき、息子として暮らした生活の記憶や、父親の歴史が見えた。
様々なシーンから父親が閉じこもってきた、自分という囲いの中から生身の人間が見え、そして彼の中に潜んでいた孤独が感じられた。
いい息子ではなかったかもしれない、存在が消えたときになって、生きていたときの父親の世界の残されたもの、写真や記憶の中から、その魂が感じられた。
という様に、書くことで父を心に残しておく。
写真でなく父の生きてきた時間を通して、「父の孤独」が自分の心と響きあう。
この章は読んでいて悲しみに満ちてはいるが、父と息子の距離の取り方もいい、一人の人間の生きた軌跡を息子の目から見た記述が、心にしみる。

記憶の書

作家になろうと言う決意で何冊かの本を書きながら,言葉を使ってより深く、より正確に書く作業を進めている。
部屋に一人でいる作家の孤独といったことを繰り返し書いている。
優れた習作のようにも感じる。テーマは見出しのように記憶の書なのだが、記憶を辿りながら書くという文章でありながら、詩人から出発した作者の、散文詩のような記述が特徴で、難解と言われた当時の現代詩につながる。時々の感性で選んだ表現で繋いでいく文章は特に個人的に共感できなければ難解に感じられるかもしれない。
サルトルが書いていた「詩人の言う風車は現実に回っている風車ではない」(本を探したが見つからないので曖昧な記述です)と言う言葉が実によく理解できる。

ただ 記憶の書その一から十三、最後の一章と結びは、テーマに呼び起こされた記憶が起点でそれからの展開であったり、ふんだんなメタファを膨らませるために、様々な文章の一節が使われている。これが面白い。

特に、人々に理解されなかった預言者のカッサンドラ、鯨の腹の中で未来に気づいたヨナと約束の地。彼がSというイニシャルで語る過去の旅の出来事は、彼の将来に対する寂しさと決意を語るようだ。

記憶に刻み付けている様々なイメージが言葉になって作品になる行程(結果としての作品)がみえるようだ、正確に豊かに、深く深く掘り下げられていく。

面白い。ポール探索の書ともいえるが、書くことの孤独を見つめ、こうして「孤独」は発明されたということにも気がつく。

オースターの作品をニューヨーク三部作から少し読んでみることにした。

孤独の発明
ガラスの街
幽霊たち
鍵のかかった部屋
最後の物たちの国で
偶然の音楽
ムーンパレス
ティンブクトぅ


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