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川あかり



葉室麟

藩政を正すために家老を斬るべし。でもなぜ藩きっての臆病者、七十郎に白羽の矢がたったのか。

「蜩の記」からしばらくたってこの本を見つけた。「読むべし!!」と思って図書館にリクエストしていたら忘れる頃になってやっと順番が来た。
最近口癖になってしまった「べしべし言葉」はドラマ「猫侍」を録画までして見た後遺症だ。 猫は可愛い。猫語も少しわかってきたら余計可愛い。

「川あかり」・・・ 陽がおちて、あたりに夕闇が迫る頃になっても川の流れだけが白々と見通されることをいう、
とか。

蛍の出る頃や花火を待つころ、あまり外に出ない時間に見た白い川を思い出した。「川あかり」というのか。
何にでも名前があるが、ただの呼び名の無機質な響きとはちがう、余韻のある言葉を選んだ作者の思いが伝わってくる。

主人公の七十郎は18歳。藩きっての臆病者だといわれている。
昨今の藩の窮乏は、江戸表にいる家老が大阪商人と癒着し私腹を肥やしているせいだという。
その家老が帰藩することになりその前に「斬るべし」という命がくだって、油断を誘うために七十郎を刺客にということになった。

川の手前まで来ると、雨が続き川止めになる。「雨上がる」の名シーンを思い出すところ。
同宿は、貧しい小屋(木賃宿)に逃げ込んだその日暮らしの面々だった。一人ひとりは非常に胡散臭い。

だが何日も降り込められると自然に情も湧き、それぞれの持っている過去や、身分制度に裏打ちされた悲惨な運命の話にも身がいるようになる。
七十郎が上意討ちの刺客だということを知られた時には、みんなは臆病で刀もろくに使えそうも無いこのお人よしがどうなるものかと思う。
ただ誠実にまっすぐな生き方が、小屋の仲間を援けたり、病人のためになけなしの路銀を吐き出したりしているうちに、宿の得体の知れない人々の意識を少しずつ変えていく。
彼は、剣術はからっきし駄目で、指南した父も匙を投げるほどであったが、ある秘儀は伝えられていた。
それを宿の仲間を援けるために使うことはあったが、家老討ちには、体ごと真正面からぶつかって命をかけようと決心していた。

川止めが解け、家老が6人の護衛とともに渡ってくる。
決戦の日、彼は覚悟をして足を踏み出し、仲間が無事を祈って見守っている。

と、とんとんとテンポ良く話が進み、七十郎の人となりが、降り続く雨のように心に沁みてくる。いつ川止めが解けて彼はどうするのか、想像はむつかしくないが、そこがいい。裏切られない誠実さと、話運びのたくみさ、人物描写のあたたかさが、読後感のいい作品になっている。


お気に入り度:★★★★☆
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