連城さんの後期作品は、次第に恋愛小説というか不倫小説に移行した感じがする、それで離れてしまったが。
これは初期の作品だとは言っても、一人の男を巡る妻と愛人。それも女の一人が消えなければ解決しない展開で、もうこの絡みがほどけないところまできて殺人事件となるが、そこにまた一人の男まで絡まってくる。男のいやらしさと女の執念に謎が絡んで、面白いというよりそれこそ泥沼に引き込まれる。読者を振り回す、腕(頭)をひねった書きぶりが神がかり。
眼の中の現場 (伊坂選)
医者の夫は看護婦と不倫中で夫婦仲は冷えているように見える。妻の体調が悪く検査を受けると「癌」だという。夫が指導している医者の誤診だと判ったが夫は内密に処理した。妻に真実を告げようとしたが少し遅れ、妻はホームから電車に跳び込んで死んだ。
自殺とされたが背中を押されたのではないかという疑いが残った。
妻の不倫相手が訪ねてくる。この男は別に恋人ができ妻とは別れていたが彼はまだ妻に心を残していた。
夫を訪ねてきて問い詰める。部下の誤診をもみ消したことで脅迫まがいにアリバイを問われる。
二人の一幕の舞台を見るような会話劇で妻の死の真相に迫る。心理描写にすぐれた実に面白い展開。
桔梗の宿(小野選)
戻り川心中に収録
親愛なるエス君へ(綾辻選)
フランスで起きた実際の事件を下敷きにした戦慄のホラー作品(といってもいいと思う)現実に、フランス留学中の男が起こした事件で一時大きな話題になった。殺して食べ残した肉を大きなケースに入れて運んでいるところを逮捕された。
この作品ではカニバリズムに憑りつかれた青年の奇怪な行動が語られる。彼はフランスで起きた事件の半端なやり方に不満があった。日本留学中に実行することにしたが、女医がひき逃げする現場に遭遇し、彼女を利用する巧妙な策を思いつく。しかし意外な結末で、ここに至り最後まで軽々と翻弄され、非常におぞましくグロテスクな描写に鳥肌が立つ。
罪の意識はキリストとユダの喩えが引用されるが、彼の狂気は
本当はゴッホの自画像とは全く違う容貌なのに、私はいつも自分の顔に彼と同じ狂人の雰囲気を感じるのだ。そしてその時、エス君、君を感じた
(現実の事件でも彼のイニシャルはSで始まっているのが不気味)
現実に起きた事件も生々しいが、こういった傾向もミステリの一面かと思う。
花衣の客(米澤選)
これは作者好みの和の雰囲気を生かした舞台装置で、茶室や名品の湯のみなど小道具に凝っている。
母の男に憧れて最期を看とる娘の二代にわたる不倫の様子が、母と娘、男の妻の微妙でいて、ある意味ありふれた懊悩が細やかにミステリアスに書かれている。慕ってくれる娘と老いの陰の濃くなった男と、かかわった女たちの繊細な描写が冴えてはいるが、好みではない。
母の手紙(伊坂選)
息子の嫁を苛め尽くす母親は自分の受けた苛めの仕返しのような壮絶な日々を送っている。恐ろしい。しかしそれには訳があった。
苛めかたも母の宿業の繰り返しのようで、母と嫁、息子の苦しみは母の死後に哀切な余韻を残して解決する。
代表作の中から趣向の違った物語を選んでいる、よくできた入門書で、最後の綾辻伊坂対談も参考になる。