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死の泉



皆川博子

事の起こりはレーベンスボルン(生命の泉)からだが、皮肉にもナチスドイツ崩壊とともに、あらわになってきた真実は、死の匂いが満ち満ちた異様な世界だった。

第二次大戦下のドイツでは、オーバーザルツベルグに高官の山荘があり麓に「レーベンスボルン」という名の母子保護施設があった、あたりにはこのような施設が数多く作られていた。まだドイツの士気が高揚し、未来に向かって多くの子供を育てて国力の増進を図っていた時代。同じように妊婦も保護という名のもとに集められてきた。施設の所長クラウス・ヴェッセルマンはSSの上級将校で「レーベンスボルン」の責任者だった。ドイツは人的優位を望んで、金髪碧眼の子供を選別して保護し、そのためにはポーランドの子供でも容赦なく狩り集め養子縁組をして育てていた。

夫のギュンターが入隊して、愛国者の妻という口実を使って保護されていた妊婦のマルガレーテは、クラウス・ヴェッセルマンに求婚されて同居する。彼は偏狭で狂的な音楽趣味を持っていた。少年のソプラノに魅せられ、声の美しい少年二人、フランツとエーリヒが別邸で保護され日々声楽の訓練を強制されていた。カストール(去勢)手術を施した形跡もある。
マルガレーテは子供の将来ために金髪碧眼で美しい声を持つ子であってほしいと望み、男の子ミヒャエルを産むが、連合軍がベルリンを攻撃し、オーバーザルツベルグに入り山荘を含め麓一帯が爆撃で壊滅した。

時が流れ、ミュンヘンにいたギュンターに彼の城を譲ってほしいとクラウス・ヴェッセルマンが来る。そこには17歳に成長したミヒャエルもいた。
ギュンターに招待されて一家は窓の下を通る仮装行列を見物する、そこで美しいソプラノをきき、クラウスは飛び出していき、貧民窟に迷いこむ。そこにはフランツとエーリヒがいたが探しても会うことができなかった。
だがそこには一時期「レーベンスボルン」に勤めていて博士の子を宿した女の子ゲルトもいた。
そこで、出会うことが運命だったように主要な人々がつながり始める。
城のあるオーバーザルツベルグはマルガレーテの故郷で、ギュンターと知り合ったところだった。
城に行き静かに研究を進めたい博士に同行することになる。

フランツとエーリヒは博士に復讐することを生きがいにしてきた。彼らも後を追って城を目指す。
城の地下の迷路には接合された人体のミイラの不気味な標本や、過去にナチスが略奪した品々が残されていた。深い湖もありそれは外につながっていた。

この小説には何重にもなった罠(遊び)がある。ギュンターが後年しるしたという記録があり、この物語はこれを野上晶という翻訳家が訳したとするもので、原題は「子供たち」だった。
訳者が訪ねてみると彼は古いレコードを聞かせてくれた、そこからは美しいソプラノが流れてきた。
その上、謎を秘めたマルガレーテの手記の一部もあった。

そして戦慄するような光景を目にする。

この終わりの部分が、600ページを超す長編の幕切れにふさわしく「負けました」と声を出すほどだった、この物語を締めるのにこういう手もあるのか、現実の歴史(映画、ワルキューレを思わせる将校の反乱もある)背景に物語の世界を作り上げた皆川さんの才能に感激した。

「あなたの研究って何なの」

「老いたネズミに若いネズミを結合すると、老いた方は、通常より寿命が延び、若い方は早く死ぬ。極限寿命に近づいていることを、老いた肉体の方が切実に認識し、若い生命力を積極的に吸収しようとつとめるからという推論が成り立つ。元気な方の免疫系が弱った方を保護し、神経内分泌物か産生するホルモンが相手を活性化するとも、かんがえられる。だから、この方法は、不老、あるいは虚弱者を壮健にする一手段となりうる」

マルガレーテの手記から。


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