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運命の日 上



デニス・ルヘイン

ボストンで起きた警官のストライキ。「運命の日」ボストン署の警部だった父と三人の息子は信念に従ってこの時を精一杯生きた。       

これは並みのミステリではない。ミステリというジャンルから生まれた、歴史の一片を語る叙事詩のような作品だった。
上下巻二段組みの長編を読み通したのは、面白く、ストーリーに破綻もなく読み手を楽しませる、手法、構成から目が離せずにいたこともある、しかし一方ではこの長さがちょっと苦しかった。特に上巻の家庭や警察内部の動き、兄弟、親子のいざこざなどが、まだ話の流れに乗り切らない時点で通り過ぎるのに時間がかかった。
「チボー家の人々」や「収容所群島」などなど、世界の名作といわれる長編に夢中になり、話が長いほど嬉しかった時代は遠くなった。

ボストンの警官が待遇改善を求めてストライキをする「その決行の時」に向かって進んでいく様子が息づまるように書かれる。史実を含め、ボストンの歴史であり当時のアメリカの政治を背景に、革命を叫ぶもの、テロをたくらむもの、世情不安の中に投げ込まれた主人公たちの生き様が、息もつかせず読ませる。

まず上巻を開いて読み始めると、ベーブ・ルースがナショナルリーグに向かって列車の旅をしている。レッドソックスやカブスの選手もいる。オハイオまで来たとき列車の故障で、2.3時間停車する。気分転換に下りて、黒人たちの草野球に出会う。投打ともにプロに匹敵する巧さだ。ベーブは近づいていく、そして白人選手たちと黒人のチーム対戦になる。プロもたじたじの実力にベーブたちは押されて、9回二死満塁、6対3でプロが負け越している。打順が回ってきたベーブは、前の打者がダブルプレーで試合が終了するのを密かに願っていた。だが皮肉なことに打順は巡り、狙った球が来て外野の頭上高く打ち上げる。だが落下点に神業のような俊足ルーサーがいた。ベーブは快心の当たりでなかったことに気がついていた。ルーサーは球の真下にいたが。ボールをポトリと目の前の地面に落としたまま帰り支度をして振り向きもしないで行ってしまう。ファールをフェアだといい、審判の曖昧な判定にセーフだと言い切る白人たち、当時の白人気質を当然のように持ち込んだ傲慢なプロの選手、黒人蔑視がスポーツのルールも曲げてしまう。白熱した試合の様子から書き出し、社会情勢を映し出す、その上、今後の登場人物を紹介もする、これだけでも優れた短編小説を読んだような気分になる。

トマス・コグリンを父に三人の息子がいる、父はボストン署の警部、息子のダニーは巡査、次男のコナーは地区検事補、末弟のジョーは13歳だった。
ボストンでは労働者、特に黒人移民の労働者階級は低賃金と過酷な労働を強いられ、警官は不安な世情の見張りで、慢性睡眠不足に加え、これも低賃金、超過勤務で疲れ果てていた。

交渉は200ドルで決裂した。

「年200ドルは戦前の数字だ。今貧困といわれるレベルは年収1500ドルで、ほとんどの警官はそれにはるかに及ばない。彼らは警察なのだ、それが黒人や女より低い賃金で働いている」市警の警官たちがストライキをすれば大企業が勝つ。ストライキを棍棒として労働組合員、アイルランド人、民主党員を殴り倒す、労働者階級は30年分後退することになるぞ」

街は警官のストライキを引き金にして怒りや不満が爆発し暴動が起きると判ってはいた。だが先の暗さを感じながらストを回避できなかった。

テロ、共産主義団体、アナーキスト、警官の労働組合の動きが気になる中で、警部の父はダニーの名づけ親(マッケンナ、ボストン市警部補)に言う。

「フォン・クラヴゼヴイッツは、戦争はほかの手段をもってする政治だと思っていた」トマスは穏やかに微笑んで、ブランデーを口にした。「私は、政治こそほかの手段をもってする戦争だといつも思っていた」

そういった中でダニーは警官の反政府思想に傾き、ついにストライキに入る。市民を巻き込んだ歴史に残る警官のストは、上層部の対抗措置のまえに犠牲者を出し、街を破壊する。
市警察はスト関係者に解雇通知を出す。

一方、ルーサーは手を出したギャングの世界でボスを撃つ。

またしても関わったマッケンナはルーサーに言う。
「わたしがタルサ市警に電話し、流血事件の唯一の生き残りに職務質問をしてくれと依頼し、その職務質問の途中で、タルサから来たルーサー・ローレンスという男がここボストンにいると相手に伝えてくれ、といわない限りな」眼が光った。「そうなると、あとどのくらい隠れる場所がある?」
ルーサーは闘争心が湧くそばから死んでいくのを感じた。それはただ倒れ、枯れていった。

ルーサーは保護者の持つ組織員のリストを渡す約束をさせられ、巻き込まれていく。

次男コナーの事件は鉄鋼員に関するものだった。
コナーはついに理解した

そして法律家でいる限りこの信条が自分の益になることを願った最高の弁論とは感情や扇情的な修辞を拝したものなのだ。あくまで法に従い論争を避け前例に代弁させ、相手の弁護士に上訴し法の健全さと闘うかどうかを選ばせる。

これは一つの閃きだった。

コナーは法の下、ダニーとは異なった道を歩き出した。

当日、うちを出たジョーをさがしに街に来たコナーは暴徒に巻き込まれ、顔の横で割られた硝子で失明する。

ストの日の後トマスの息子たちはそれぞれ傷をおった。ダニーは心身ともに疲れ、撃たれて人事不省に陥るが一命を取り留めた。
コナーは未来を模索していた。
父トマスは老けた。

「運命の日」という、初めて知ったボストンの一つの歴史を読んだ。
デニス・ルヘイン原作の映画「ミスティックリバー」で見た街がこの物語でいっそう身近で鮮明な映像になった。


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