サイトをSSL化しました。セキュリティアップ!

慟哭



貫井徳郎

貫井徳郎さんはこれで鮎川哲也賞の最終候補に残ったそうだ。でも受賞できなかった。
このミステリらしいミステリの作品がなぜだろう。

そのときの受賞者は誰だったのかと調べたら、近藤史恵 「凍える島」 という作品だった。あの「サクリファイス」を書いた人だ。
この「慟哭」は新人らしくないとても重厚で読み応えのある作品だったので、受賞作はそれを上回ると思われたのなら読んでみないといけない。
「凍える島」というのはどうなのだろう。

ただ、3章目あたりで意図と展開が分った。それにしても一気に最後まで読みきるほど面白い。勝手に思いが拡がって、「オーデュボンの祈り」まで同じパターンかと思ってしまった。

彼(松本)は人生に見放されて心に穴が開いている。そして宗教に助けを求め、狂信的にのめりんでいる。

一方キャリアである捜査一課長佐伯は上司の娘の婿養子になり周囲に反感をもたれ嫉妬の目でも見られている。
しかし彼はそれを感じつつも、犯人の捜査に独自の方針を貫いている。部下に厳しく自分にも厳しい。
だが夫婦の生活は破綻し、別居生活をしている。

捜査は、誤認逮捕に始まり、マスコミに翻弄され、犯人からの手紙も届く。
混迷の中で彼は疲弊していく。
ついに上司との諍いにも、受けて立つ姿勢が崩れて、信頼する部下の前でもろい一言を漏らしてしまう。
そのときやっと部下は彼の人間らしさを垣間見た思いがする。

松本は、宗教団体の正会員になり次第に教義を極めていく、信じ込んでしまえば矛盾があってももう心に入る余地はなかった。矛盾も自身をコントロールできる目を失えば矛盾とは感じられなくなるものだろう。

そして驚きの最終章、これがこの作品の真髄かと思う。

事件の裏にある二人の男の生き方が書かれていることで、犯罪捜査だけでなくそれがこの作品を支えている。警察小説のひとつのパターンだけれど。

宗教団体については「オウム」の前に書かれていて、その後に読んだ楡周平の「クーデター」が「オウム」後になっている。備忘録用の蛇足。


お気に入り度:★★★★☆
掲載日: