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最後の物たちの国で



ポール・オースター

アンナ・ブルームは兄を探して船に乗った、着いたのは存在が消えていく国、迷い込んだ国で生きぬかなくてはならないが。現代の寓話。

ニューヨークが舞台になっている三部作の後、1987年に、「ムーンパレス」の前に書かれた作品だが、少し趣が違っている。

アンナ・ブルームは行方が分からない兄を探して船に乗った、彼女が、瓦礫ばかりの荒廃した土地に降り立ちそこで暮らし、それを知人に書き残したという形になっている。手がかりは兄を知っている人から貰った一枚の写真だけだった。

ここは、存在したものが絶え間なく消えて行くところ。「常に消滅していく、最後の物たちの街」だった。
そこに入ると、気候までが定まらない、まるで生きた記憶が朧になり霞んでついに消えて行くような、思い出す過去もなく思い描く未来も忘れ去って、数少ない生きる選択肢のなかから、何としても生命を繋いでいかなければならないところだった。

「アイアム・レジェント」という全てが崩壊した映画がある。そこは振り返れば見たまま崩れたままでも何も変化していない日常がある。しかし、それと対比させつながらこの小説を読むと、深く感じることがある。

アンナの現実は食料を奪い合い、食べられるものは全て食べつくす、極寒の日も酷暑の中も、生きぬかなければならない。「飛び人」(自殺者)「這う人」「走る人」人は群れ、死さえ生きる源になり、金を持っているものは安楽死も出来るコースがある。様々に壊れた世界では人は狂っていく。わずかに残った秩序をわずかな人たちが管理し、政治体制は都合に合わせてコロコロと変わり、人を苛んでいる。

アンナも、食べられるものは何でも食べ、拾った靴を履きぼろを身にまとう。老女と知り合って瓦解寸前にあるような建物に同居し、彼女の死を看取ったり、訪ね当てた写真の男と暮らし、妊娠中に襲われて高い窓から飛び降り一命を取り留めたり、様々な生活が、最後には高価な(ぜいたく品は高騰している)ノートに書かれた、彼女の声が届く。

行きぬくために汚物にまみれ地面を這うような生活の中から、一握りの最後の者たちを救うために、遺産を使い果たしつつ善行を施す人も、ついに資源が突き、破綻して消えて行く。

町の中の石だらけの錯綜した道を彷徨するうち、足の裏に当たる尖った石までも気にならなくなるほどの心の痛み。飢餓、欲望、繰り返される暑さ寒さの中の人の脆さが、絶望感が、これでもかと書かれている。
オースターの幻想的な、曖昧な世界にあった自己と他人の醸し出す曖昧な境界線。自己に混じりあった独特の孤独な世界。いつかこの土地に蔓延する孤独感、絶望感、危機感に、姿を変えて、実に鮮明に、感覚的に表されている。救いのないこんな世界を、体験しないまでもまだ近い過去に見たことがあるだろう。
こうした、ひとりの育ちのいい女が踏み込んだ現実が、寓話的な迫力を持って迫ってくる。彼女の運命とともに、印象的な終末の世界がいつまでも心に残る

孤独の発明
ガラスの街
幽霊たち
鍵のかかった部屋
最後の物たちの国で
偶然の音楽
ムーンパレス
ティンブクトぅ


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