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死の記憶



トマス・H.クック

秋雨が煙る日、父は、母と兄と姉を銃で撃ち、失踪した。

事件が起きた時、スティーブは9歳であった。車の後部座席に座り、二人の大人が前に居て、
一人が振り向いて何か話し掛けたことを覚えていた。その時秋の雨は灰色のカーテンのように景色を曇らせて降り続けていた。
それは父親が彼の家族、母と兄と姉を銃で撃ち、行方がわからなくなった日でもあった。
父親は金物屋を営み、部品を取り寄せた高価な自転車を一台だけ組み立てて店の隅に飾っておき、
まれに売れることがあると、また新しい部品を注文しては地下室に持ち込み、ただ憑かれたように黙々と組み立てている。
そんな単調な日々に、倦み疲れた彼は生活から開放されるために家族を犠牲にしたらしい。

ごく普通の家庭であった。兄や姉は通過点である思春期の普通の悩みを持ってはいたし、母にはちょっとした過去があった。
それも承知の上で父は結婚したのであったが、その頃には過去に縛られた母は無気力な中年女性になり
毎日をただ生きているだけのように送っていた。
しかし父はそんな生活を維持していくための責任は自覚しているように見えた。
家族のエピソードは9歳までははっきりと思い出すことが出来た。
そして結婚して子供も出来た35年後、レベッカという女性の作家が尋ねてくる。
家族を犠牲にして失踪した父親達の事件を取材しているという。そして、スティーブの中にいつか埋もれていた当時の事実が掘り起こされていく。
なぜ父は家庭を破壊し犯罪人として逃げ続ける生活のほうを選んだのか。
次第に普通に見えた家族の姿が鮮明に思い出され、小さな出来事が事件の時に集約されたかように感じられ始める。

クックはまた過去と現在を構成する時間を、だぶらせ分解する過程で、
新たな驚くような出来事が隠されていたことを気づかせる。
暗い暗い影の中に、より暗い真相が見えてくる。最後はクックの世界にはまったまま読み終えてしまう。

ただ、レベッカは取材を終え、本にして送ってくる。その客観的な姿勢が、なかなか脇役としては薄味でいい。


お気に入り度:★★★★☆
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