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虹の岬の喫茶店



森沢明夫

生きるって、祈ることなのよ。 トンネルを抜けたら、ガードレールの切れ目をすぐ左折、雑草の生える荒れ地を進むと、小さな岬の先端に、ふいに喫茶店が現れる(帯より)

図書館のお勧めで読んだ。噂では聞いていたが、もう胸が詰まって、二度読んだ。
将来の目標はミス・マープルさんだったけれど、しばらくは悦子さんがいい、そうしよう。

第一章《春》アメイジング・グレイス
妻が白血病で亡くなった。40歳の男の心は窓の外の雨交じりの空のように暗い、生きていることが不思議に思えた。4歳の娘と二人のぎこちない生活にもいちいち思い出すことが多い。娘は母の習慣を教えながら今を受け入れて父を気遣っていた。朝食の後虹が出た。ゴールデンウイークだ、娘と旅に出よう。
虹を探す旅。車を走らせ、小さな看板を見つけて横道に入った。大きな白い犬が案内した先に小さな喫茶店があった。娘の希実にはバナナアイスとリンゴジュースを出してくれた。店主の初老の女性は柏木悦子さんといった。私は淹れてくれたコーヒーを飲んだ、飛び切りおいしい芳醇な味がした。壁に賭けられた虹の絵を見て娘も私も虹探しの冒険が大成功だったと感謝した。妻が他界したことを伝えると悦子さんは、アメイジング・グレイスをかけてくれた。

第二章《夏》ガールズ・オン・ザ・ビーチ
就職活動がうまくいかない。気晴らしにツーリングに出たのはいいがガス欠。梅雨の晴れ間の蒸し暑い中バイクを押していくと間の悪いことに腹がチクチク痛み出した。こんなところで、見渡してもトイレはおろか家影もない。ピーンチ!
そこで小さな看板を見つけて、白い犬コースで喫茶店にたどり着く、危機一髪、隣棟にあるトイレに飛び込んだ。
ぼくはそこで旨すぎるコーヒーを入れてくれた悦子さんと知り合う、隣に住む塗装業の浩司さん、画家志望のみどりさんとも知り合う。
就職は2.3流大学出では面接官にも真面目に取り合ってもらえず、思い出してまた岬の喫茶店に行ってみる。浩司さんと釣りに行き聞いてみた。「就職ってしないといけない?」彼はあさってのようなことをいった「迷ったときにはよロッケンロールが面白れえぞ」「ワクワクする方へ行くんだよ」

第三章《秋》ザ・プレイヤー
初心者泥棒だ。出刃包丁一つ構えて喫茶店に入ることにした。風が強い。音に紛れていく、安普請だが何かあるだろう。
私のじいさんは鍛冶屋で包丁を作っていた。不況になり廃業、研ぎをしていた私は刀から包丁に代えて御用聞きに回ったがそれも行き詰った。包丁づくりを目指した背水の陣で起こした会社もつぶれた。最後の手段は盗みよりない。そこでここから始めたのだが、ボロ屋でもなんかあるだろう。
気に入った虹の絵に見とれていたが、そう言う場合ではない。レジがガチャンと音を立てて開き。ついでに隣でガチャンと陶器が割れる音。たまげたヤバい。音とともにコーヒーの香りが。「あ、あ、あ」「いらっしゃいませ」とおばあさんが言って香ばしいコーヒーが出た。
我に返って「俺は泥棒だ!」が通じなかった。やはり初心者か。
「ゴスペルっていうの」我に返ると音楽が流れていた。隣の建てかけの家に泊めてもらった、私は朝、気合いを込めた研ぎの業物、包丁を一本残して消えた。

第四章《冬》ラヴ・ミー・テンダー
天体望遠鏡をセットしてくれて「誕生日おめでとう」といった。「タニさん覚えてくれたんだ」
タニさんは誕生祝に月の土地の権利書もくれた。時々来て二人で暖かい時間を過ごして来た。だがタニさんの建設会社は不況の波を受け、大阪に出向することになった。
悦子さんはタニさんの気持ちは分かっていたが、亡き夫の虹の絵がある岬の喫茶店を離れられなかった。夫と同じ虹を見たい。
タニさんは岬のずっと先を船で通っていった、悦子さんは望遠鏡を見ながら別れを告げた。

第五章《春》サンキュー・フォー・ザ・ミュージック
俺は建てかけの岬の家を着々と完成させていた。皆で集まる時を待って。
カウンタ―のある店の体裁を整えた。悪くない。完成したら昔の仲間でぶち上げライブ。ロッケンロールだ。
しかし、あいつは来るだろうか。くしゃくしゃになった古い紙を出してみる。五線紙が薄れてきている。「ブルームーン」このタイトルは一度も演奏することがなかった。
あいつはだらしがなかった。作曲の想が湧いたらライブの時間にもかかわらず遅れた、もしかしたら登竜門になったかもしれなかったあの時も遅れてきて夢を打ち砕いてくれた。殴り倒して別れた。その後一度もあっていない。
カウンターも椅子も揃った、ライブにかつてのバンド「セブンシーズ」の仲間が集まったが、彼は来なかった。
噂話に、今は紅茶の輸入売買を始め成功して忙しいらしい。今も出張中だ。とこっそり消息を教えてくれた。
会社のホームページがあるそうだ。俺は見るつもりはなかった。迷った末それでも覗いてみた。彼は近況を伝えていた。ただの事業報告の日記だった。個人情報は少なかった。ず~~と諦めずスクロールするのだ。と仲間が言っていた。下の下に、、、彼のコメントが極極小さく書いてあった。《SSの連中は、ここをクリック》《よくこのページに気づいたな ……息子の運動会にライブなんかするんじゃねぇ》口癖だった《この、バーカ♪》が大きな青い文字でついていた。

第六章《夏》岬の風と波の音
時は流れた。隣の浩司の店は閉店したが奥さんと二人の子供が暮らしている。浩司は又塗装業を始めた。私は「ばーば」と呼ばれこの子たちとバナナジュースを作っている。
タニさんはずっと関西に住み続け会うこともないまま訃報が届いた、タニさんにもらった月の土地は望遠鏡をのぞいた子供たちにも教えた。台風が荒れた日も無事にやり過ごした。「こっちに来るか」と浩司は言ってくれるけれど「大丈夫」といっている。
コタローが吠えるので外を見たら荘厳な朝の虹がかかっていた。まさかこの絵が朝の虹だったなんて。

また「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」といって小さな喫茶店でコーヒーを入れている。

甘い話は苦手だ、ブラックもいいが、これは悦子さんが淹れてくれた甘すぎないおいしいコーヒーのようで、読み始めの一章から感動した。図書館のお勧めがないと自分では選ばなかったかもしれない。辛辛でなくて少しは甘辛で行こうかな。ハードに固まってしまっても、と、400冊の締めにはこういう話が向いているかと思った。


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