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深紅



野沢尚

第22回吉川英治文学新人賞  江戸川乱歩賞の「破線のマリス」は面白かった。この「深紅」は衝撃的な出だしで事件の残虐性が際立った作品だ。目次は第一章から第五章まである。

第一章
事件が起きたとき修学旅行で信州の高原にいた小学校六年生の秋葉奏子(かなこ)の話。

旧友たちとふざけながら寝る用意をしていた時、緊張した気配で担任が部屋に入ってきて、すぐ自宅に帰れと言った。よくない予感がしたが、付き添われて高速道路を使って帰ってきた。行き先が監察医務院だと言う。不安は的中して、霊安室で両親と二人の弟に対面した。頭があるところがへこみ白布の上からでもいびつな形をしていた。家族思いで仕事も順調に成長し、新しい家も買った優しい父。ハミングしながら台所で働いていた母、可愛い年子の弟たち。呆然としている間に父方の叔母がきて、滞りなく葬儀が終わった。一人生き残った奏子に事件の話はひた隠しにされたが、テレビや週刊誌で自然に目に入ってきた。頭を金槌で殴られて倒れていた両親、可愛い幼い弟たち、床に広がった深紅、どんなに痛く苦しかっただろう。世間は一家に同情して、生き残った奏子に優しかった。事件現場で茫然自失の様子で座り込んでいた犯人はその場で逮捕された。
世間は、人でなしの犯人だ死刑にしろ。という。

第二章
犯人都築則夫の上申書が一回目の公判前に裁判長に提出された。

則夫は家庭が崩壊した農家の生まれで、高校卒業後教材会社に就職、関東以北の土地を営業で回っていた。知り合った学校職員の千代子と結婚し娘・未歩が生まれた。その頃は営業一課の係長になっていた、幸せだった。

その頃、秋葉由紀彦と知り合った。由紀彦の会社から機器を仕入れ、自社製品とセットにして売った。その利益の1%を秋葉の会社の口座に振り込んでいた。秋葉は取引先の要人という立場をとり目上の付き合いだった。

秋葉の実家は開業医だったが、本人には能力がなくその劣等感をバネにしてきたが、もちろん都築に否といえることではなかった。

その頃体が弱かった妻が死んで保険金が入った。8千万という金は今まで家を買い未歩の学資にと切り詰めてきた夫婦の気持ちがただ無念だった。
世話になった秋葉は葬式の時にそっと涙をためて妻を見送ってくれた。それにほだされて、秋葉の父が予備校を開設するという、その資金の保証人を引き受けた。秋葉と連帯保証人ということだったが蓋を開けると秋葉の名前が無く、全て自分の借金になっていた。

取立て屋が来る頃は一千万円が二千五百万に膨れ上がっていた。それを貯金から返済した。秋葉はのらりくらりと言葉を濁し、ついに詐欺だったことがわかったのだが、秋葉の会社に依存して業績を伸ばした手前、会社の命運もかかっていた。

バックマージンを2%に上げて分割で返していくと秋葉は言った。謹厳実直な性格はそれを許すことが出来ず、犯行に及んでしまった。
夫婦を殺したことは覚えているが子供のことはショック状態で何も覚えていないと言う。心神耗弱か喪失常態か、裁判は子供殺しの点で紛糾した。上申書が公表されると、世間の風向きが変わってきた、だが一審の判決は死刑だった。
都築は控訴した。死刑は覚悟している罪は認めて償うといっていたが。

第三章から最終章まで
怒涛のようなショッキングな進行で読み進んだ後、ここからは8年後。奏子も未歩も二十歳を前にしている。
奏子が雑誌のルポを読んだ、以前取材に来た記者椎名の名前入りの記事だった。そこに犯人の娘のその後が書いてあった。

奏子は同じ年に生まれたその娘に会いたいと思う。立場は違っても辛い生き方は同じだろう、しかし自分は未歩の父のために取り返しの出来ない人生を歩む破目になっている。何とか未歩に会って自分の立場を知らせたい、娘に対して出来るなら復讐をしたい。

記者から無理に聞きだした未歩のアルバイト先に訪ねていき名前を隠して近づいていく。

ここで、両家族(残された娘たち)の邂逅になるのだが、ここからもう少し突っ込んでほしかった。
作者が書きたかったところもこのあたりにあると思うが。

読んでいて心理的に視覚的にぞっとするほどの恐ろしい感じがある。残された子供たち、世間の感心の深さ、マスコミの執拗さなど息が抜けない。

その上、都築の控訴の根拠が読者に迷路を歩ませる。

三章から子供たちの話に移ると、日常生活の描写が幾分ゆるく感じられる。一、二章の流れで、読者の意識下に残虐なシーンが残っていてこそ、奏子に感情移入が出来るが、立場を変えると未歩の過去も悲惨である。
両者の眼で書かれたこういう結末を迎える事件は、まれなのではないだろうか。

どう生きて来たか、これからどう生きるか、友人になった二人が生身でぶつかったとき、話の幕が閉じる。

あとがきは、吉川英治賞の選考委員の高橋克彦が書いている。二章までの怒涛の展開、緊張感、重いテーマに絡ませる子供たちの立場、犯人の立場。稀に見る凄惨な現場を作り出した作品を群を抜く作品として自信を持って受賞作と認め、奇跡的傑作だと激賞したそうだ。


お気に入り度:★★★★☆
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