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美女と野獣[オリジナル版]



ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ

「美女と野獣」は民話やおとぎ話ではなく、1470年にヴィルヌーヴ夫人が書いたオリジナル版があった。

昨年、いつものように遅れて2014年版のDVDで「美女と野獣」を見た。野獣がヴァンサン・カッセル、美女にレア・セドゥ。
このフランス版は少し複雑で野獣に捧げられた心優しいベルと王子のハッピーエンドな、今まで知っていた物語とは少し趣が違っていた。

子供の頃から親しんだ話では
「呪われた野獣は」過去の無慈悲な行いの結果野獣にされていた、雪に埋もれた城に迷いこんだ商人が、持ち帰った一輪の薔薇のために、娘を嫁にするので一人差し出せ、と言われる。親孝行で美しい末娘のベルを連れて行くとそこは豪華な宮殿だった、無口だが優しい野獣と暮らしているうちに、夜になって帰ってくる野獣を一目見ようと、ろうそくをともして近づいていくとそこには輝くばかりの美しい王子が眠っていた、二人は結婚し王子の呪いも解けてめでたしめでたし。
確かディズニーのアニメも似たようなストーリーだった。

これが今まで知られてきたボ-マン夫人が先の版を子供用に書き換えて1756年に作ったという「美女と野獣」だそうだ。

今回のフランスの実写版を見ながら、王子の呪いの部分が念入りで違和感があった、この部分はクリストフ・ガンズという監督が物語を膨らましたのだろうかと思っていた。

ところが、初めの話に戻るが、ヴィルヌーヴ夫人が先に書いた「オリジナル版」を読んでみると、これを参考に作られたもののようで胸のつかえが少し軽くなった感じがした。。

求めよさらば…ではないが偶然はあって、図書館のカウンターで返ったばかりのこの本を見た。なに「オリジナル版」?ちょっとその話の周りを極めてみようかと、降って湧いたような本に手が伸びて、幸い週末の一夜を使って、疲れても休日があるさ、と読んでしまったが。
これは二部構成で、登場人物も多くあっさりと終わるような話ではなかった。

今回の映画、フランス版は、野獣にされた無慈悲な王子ではない、厳しい過去を持つ悲劇の王子で、美しいバラを育て、妖精に変えられた醜い姿で孤独な暮らしを続けている、心の優しさだけで結婚してくれる姫を待ちながら。

なぜ王子はそうなったか。そこで二部に移る。王子が生まれたころ、平和だった王国に邪悪な妖精で醜い老婆が現れ、子供を取りあげてしまう、果ては成長した王子を愛するようになる。当時王国は乱れ王と王妃は他国との紛争で忙しく老妖精を教育係にした結果だった。
取り返そうにも妖精間の力関係もあり、老婆は年の分位が高くて魔力もつよい、過去の秘密はこうして、王や王妃と密かに見守っている庇護者の妖精の語りが入り交じり賑やかな展開になる。

ベルは野獣と一緒に住み始めるが夜になると野獣は帰っていく去り際に「一緒に寝てもいいか」と必ず聞く、何かストレートで(笑)
そのたびにベルは「いいえ」と答える。
ところが、夜になると麗しすぎる王子が夢に出てきて、ベルは夜が待ち来れない。そこで「いいえ」を繰り返していた。

家族に会いに帰してもらったところ、少し離れている間に野獣の命が危ないという。約束の帰る日が過ぎていた。野獣の死を目の前にしてやっと愛情に目覚め、結婚の約束をする。見る見る回復した野獣は「一緒に寝てもいいかな」「はい」と言ったとたん花火が上がるは、石像にされた家来は目覚めるは、お祝いムードが盛り上がる。野獣は夢で見た王子の姿になる。めでたし。
だがここで、駆け付けた王妃が「身分違いの娘は嫁としては認められない」と言い出す。しかし今まで庇護者として見守ってきた妖精が一言「この娘は養子に出してはいたが私の姪です」
まだ人間より妖精の権威が上だった。ここまで来るのに、妖精の家族にも妖精界でも複雑な話があって物語は長かったが、悪い妖精にはいろいろと手落ちがあってなかなか愉快な所もある。

オリジナルだということなのだが妖精の世界の話は少し退屈した。この部分はボーモン夫人が、子供用にカットして書き直したという、この方がわかり易く後世に残った。

2017年版では「ハリーポッター」のハーマイオニー役の「エマ・ワトソン」がベルで評判がいいようだ。

よく見たら白水社だった、が、訳が少し砕けすぎというか話の美しさにそぐわないと感じた。

訳者のあとがきで興味深い部分があったので、受け売りですが。

この話のルーツは、文学的には先駆の作品が多く書かれていたことに影響を受けていますが、なにより面白いのは14世紀に書かれた「愛情地図」というものだそうです。三本の川が描かれ、今風に言えば川は、資産か知性か美貌かを表すものとなるのでしょうか。まっすぐな川は「一目ぼれ」を表し、周辺には才気や心遣い、感謝、服従、等々、恋愛の要素を備えた町があり、人々はこの地図を見ながら語り合ったそうです。もう少し詳しく書かれていますが、こういった要素は、あと後まで波及して多くの文学作品に影響を与え、この「美女と野獣」にも取り入れられているようです。人間である限り、恋愛の形というのは、複雑な感情がもつれ合って物語を創り、大昔から、たぶん今でも尽きない恋愛ルートの線上にあるようですが、当時は地図を見ながらサロンの話題が尽きなかったようで、ここでも目に見えるものに弱い人間を書いたようだと結んでいます。先のヴィルヌーヴ夫人の作品はそういった文学性を踏まえていますが、後のボーモン夫人の作はすっきりして「美女と野獣」の恋物語であるのがわかりやすく今に残っているとのことです。


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