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鍵のない夢を見る



辻村深月

人気作という評判が先になっているものもあるが、若さを感じさせながらも、いい作品を書く作家だと改めて思った。

「仁志野町の泥棒」
中学生のころ、友人の母親は泥棒だった、小さな被害にあった人たちも多かったが、まわりはそんなに騒ぎもしなかった、どこに住んでもしばらくすると引越しをして出ていく、でも住処は近隣から離れる様なことはなかった。出合い頭に、彼女が盗みに入って居るのに出くわした。顔を真っ赤にして震えながら帰っていったことが苦い記憶に残っている。
成人して出会ったとき、彼女はこちらの名前を思いだすのに手間がかかった。訝るようにしながらやっと思い出したが、些細な影でも彼女の心には残っていなかったのか。特異な心理を陰影深く書き出している。

「石蕗南地区の放火」
もてない、縁談を進められてもその気にはなれない男が書かれている。好みということもあるが、多くは自信家で己を振り返らず、外見にも気を使わない。主人公の心理が手に取るようにわかる。なにか事件も起きそうで、新味はないがその分納得できる展開だ。

「美弥谷団地の逃亡者」
成功しているミステリ。
心理描写もストーリーテクニックも面白い。若い男女の行動は言葉も行動も文字通り隔世の感じがするが、これは年齢を超えて同化する部分がある。

「芹葉大学の夢と殺人」
題名がすべてをあらわす。大学生で自己中心で、甘えた一途な夢を持つ男と、それに寄り添ってきた女の話。
男は顔立ちも女好みで女は次第に惹かれていくが、男は自分の進路を一直線に進む、周りを見回す感性を持っていない。女はやわらかい生き方、育ち方のために、すべてを理解できるが、離れられない。不運にも交わってしまった違った質を持つ二人のはなし。この男のような(もしかしたら精神科では何か病名をつけるかもしれないような)タイプもこの女のようなタイプも読んでいるうちに、一部分を取り出すと思い当たる節が誰にでもあるだろう。すぐ身近の現実ではないにしても。男の身勝手にはすべて理解しながら引きずられていく女、優れた心理描写に引き込まれる。

「君本家の誘拐」、
子育ての光と影というか、まるで寄生されているように感じて来た妊娠中から、産後の嬰児との生活、子供が少し育ったころ、やっと自分にかえる一瞬がある。母性とはいえ育てる側の自分との葛藤が面白い。

また面白い本を読んだ。特に「芹葉大学の夢と殺人」は面白かった。


お気に入り度:★★★★☆
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