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雷の季節の終わりに



恒川光太郎

古代ともいえる遠い時代から「穏」という街は存在していた。商人などが時の隙間(高い塀で囲われているが)からたどり着いて、その人々の子孫が、長い歴史の中で、育っていることもあった。

以前から常川さんの「夜市」の不思議で幻想的な世界を読んでいて、こういった現実から少し遊離した世界に入ると、話はどことなく世界観や雰囲気が「夜市」に似ていて別の作品の「風の古道」のようにも感じられる。そんな雰囲気にも、恒川さんの世界にも次第に馴染んできた。

「穏」、時空を異にしているので現実の世界からは見えず往来も無いところ。
そこには冬の終わりから春が来るまでの間に雷季というものがあり、世界が雷雲に閉ざされ、大きな音が鳴り響くその季節を、人々は護符を貼って扉を閉ざし息を潜めてやり過ごす。

その年の雷季に、隅に潜んでいた姉弟のうち姉が雷にさらわれて消えた。
そのとき弟の賢也の隣りに抵抗なく滑り込んだ異物があった、「風のわいわい」と呼ばれる異界のものだが、彼はその気配を受け入れた。
忌み嫌われるこの憑きものは祓うことが出来なかった。

街(下界と呼ぶ)から来たと言う姉弟は老夫婦に育てられていた。「穏」は穏やかな暮らしやすい自然に恵まれた土地だった。

賢也が小学生になったとき、一緒に遊び、兄のようになついていた人を殺してしまう。男は殺人鬼と呼ばれるような裏の顔を持ち少女たちを殺していたのを知ったからだった。
賢也は禁断の塀の門をくぐり、高天原を通り、町を目指して逃亡する。そして苦難の末、現代の生活に逃げ込む。

賢也は過去を忘れているが、「穏」に来た経緯が別のストーリーになっている。

最後は二つの物語がまさにきっちりとつながり、二つの世界に血が通ったような生き生きとした作品になっている。

賢也の逃げ込んだ外の世界は、現代の街の姿である。
追っ手は時空を行き来し、怪物の姿を垣間見せる。
「風わいわい」は時に人を導き、世間話をし、天空にある「風わいわい」の世界を話して聞かせる。

このなんともいえない不思議な世界、SFとも言えずホラーでもない、それでいて風景の繊細で美しい描写や人々の欲望や希望や生命の巡りなどが目の前に開けてくるような世界に引き込まれた。


お気に入り度:★★★★☆
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