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11の物語

11の物語 読書

11の物語

パトリシアハイスミス

 

後になって気づく不幸、進んで落ち込んだ不幸、不意に襲われた不幸。じわじわとおかされる不幸。悲劇の形も様々に。

 

映画の原作者で有名だが、この短編集は、ちょっと残酷で容赦ない。常に自分の思いに纏わりつかれ、振り払うことも出来ずに次第に深い心の底の暗黒に落ちていく。最後にはその中で命まで落とす。昔見た映画の雰囲気を思い出すとより生々しい。

 

映画「太陽がいっぱい」ではアラン・ドロンのキャラクターで、悲劇性が増した。
だが後で公開された「リプリー」は同じ原作でもこちらはトム・リプリーという主人公の心理描写がリアルだった。高価なジャケットを借りて、富豪の息子に間違えられてから運命が狂いだす、マット・デイモンの細かなうら悲しい表情を所々覚えている。
その時はまだパトリシア・ハイスミスは存命していて、この本を買って読もうとしたが、すっかり忘れてしまってそのままになっていた。

かたつむり観察者
かたつむりの観察が趣味だった、最初は数匹飼っていて観察していたかたつむりが勢いよく増える、周りが止めさせようとしたが嬉々として楽しんでいる。だが仕事が忙しくて書斎を覗かなかった一週間の間に増えたかたつむりが。

恋盗人
恋人からの手紙を待ちかねたドンは色々な理由をつけて自分を慰めていた。
隣りのボックスに入った手紙が三通残ったままになっていた。気になって盗み見たら、恋人の返事を待ち焦がれる文面だった。彼はこっそり代筆を思いつき何度も返事を書いて、ついに会うことになった。

すっぽん
母がすっぽん料理を作るという。すっぽんを友達に見せる約束をした。だが帰ってみると母は来客用の料理にするといって包丁でばっさりと解体して煮立った鍋に放り込んだ。

モビールに艦隊が入港したとき
売春婦だったが昔はよかった。
モビールで見初められて結婚したが、夫は暴力的で殺して逃げ出したはずが。

クレイヴァリング教授の新発見
生物学者の教授は、研究者として新発見をして、その生物に自分の名前をつけたかった。
おおかたつむりがいるという島に一人で上陸した、あちこち探した末に見上げるようなかたつむりを見つけた。でも来たときの船が流されて。

愛の叫び
二人で部屋を借りて暮らしていた老女はお互いに嫌気がさしていた。相手の嫌がることをして部屋を別に借りたが、それからなぜか二人とも眠れなくなった。

アフトン夫人の優雅な生活
精神科医に定期的にやって来るアフトン夫人は、夫のことについて様々な相談をする。医師は直接本人と話したいと思って訪問するが。

ヒロイン
メイドの仕事がとても気に入った、家も子供たちも、優しい母親も好きでたまらない。どうしたらもっともっと気に入られるのだろう。給料も貰いすぎぐらいだ、恩返しをしないといけない。
もし災害が起きて献身的に助けたということになればもっと誉められ感謝され認められるだろう。

もうひとつの橋
妻と子を事故で失い、会社経営も興味がなくなって、旅に出た。泊まったホテルのそばで少年と知り合った。裕福そうな人たちばかりの中でハンドバッグがなくなって。

野蛮人たち
4階から見下ろすと、大声で少年たちが野球をしていた。その声が近所迷惑で住民は困っていた。彼は窓から大きめの石を落としてみた、誰か怪我したのか、死んだりはしてないか。
不安だったが、しばらくしてまた大声が聞こえだした、そしてこんどはあちらこちらの窓に石が投げられ始めた。

からっぽの巣箱
平穏な日々を過ごしていたが、空っぽだった巣箱でチラリと黒い目と影を見た。夫に言って調べたが巣箱は空っぽだった。そのうち黒いすばしっこい影が家の中を走るようになった。夫もそれを見た。

どの作品も、日常の何気ない中から現れた恐怖、悲しみ、やむない衝動が不幸につながっていく。平凡な日常が壊されるかも知れないという恐れや、愛情を求める余りつい犯した罪や、生活の中から芽を吹いてくる恐ろしい不幸の兆しを書いた、暗い短編集だった。
始まりと結末だけでは語れないちょっとしたミステリもある。次第に緊張感が張り詰めて、導かれていく細部がとても読み応えがある。
「かたつむり」は書いてあるように小さい丸い卵をどんどん産んでそれが孵化する。子供の頃に見た風景を思い出すと 肌があわ立つような作品だった。
「ヒロイン」も面白い。両親に恵まれなかった少女が雇い主に気に入られようとして気持ちがエスカレートしていく、若い時の作品でこれがデビュー作だそうだ。


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