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チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本



ヘレーン・ハンフ
江藤淳

20年にわたる往復文書。イギリスの古書店の人たちとアメリカに住む一人の女性作家との心温まる交流の実録。

チャリングクロス街84番地にあるマークス古書店に一通の手紙が来る。アメリカの若い女性作家から書籍の注文だった。
古書店のフランク・ドエルは、注文の本を郵送し、手元にないものは同じものを紹介したり探しに行ったりした。希望の文書がほかの本に収録されているものがあればそれを参考に書き添えた。
こうして、絶版本や稀覯本なども手に入れ、お互いに交流を深めていく。
美しい装丁や製本のものを選んで送られてくるたびに、ヘレーンは包みを開けて涙ぐむほど喜び手紙を書く。

そのうちイギリスは大戦後の物資不足に見舞われる。アメリカで手に入るものを古書店の人たちに贈りお返しに、美しい刺繍のテーブルクロスが送られてきたりする。

女性の店員からは生活情報を手紙に書いてくるようになる。
主になって買い付けや本探しをする目利きのフランクは、書籍についての造詣が深く、また役立ちそうな本を見つけて情報も送る。

ヘレーンはイギリスの文化や文学に親しむにつれ行きたいという思いが募り何度も手紙に書いている。
古書店のひとたちも楽しみに待っているがなかなか実現しないうちに時が流れる。

20年後、作家のヘレーン・ハンフも仕事が増え、古書店を訪れることもできないまま、フランクは亡くなり彼の二人の娘は成人し、親しかった店員の人々も退職したり、転居したりしている。

「絶版本もできるだけ手に入れます」という広告を見た時から始まった交流が、次第に深まって、社名だけの型通りの文書が、本名で届きだす。物資を送ったことで書店員の人たちとの私信も増えていく。

江藤淳さんという名高い文学者の訳文は思いがけずとても読みやすかった。
注文する署名を読んでもほとんど知らないものばかりで、超有名なディッケンズやバーナードショウその他の名前もただ知っているだけだったが、丁寧な注釈は読むだけで役に立った。

粗末な下宿住まいだったヘレーン・ハンフがTVドラマの脚本を書くようになり、古書店の人々とのほのぼのとした交流も時とともに終わりに近づいていく。

実はこういう私的なものを公開することに少し抵抗があるが、教えて貰わなくては知る機会もない。
江藤さんはあとがきでこう書いている。

『チャリング・クロス街84番地』を読む人々は書物というものの本来あるべき姿を思い、真に書物を愛する人々がどのような人々であるかを思い、そういう人々の心が奏でた善意の音楽を聴くであろう。世の中が荒れ果て、悪意と敵意に占領され人と人とのあいだの信頼が軽んじられるような風潮がさかんな現代にあってこそ、このようなささやかな本の存在意義は大きいように思われる。

チャリング・クロスという街の名前を読むと、クリスティの街で、シャーロックホームズもいたなと思う。
そこに古書店マークス社のフランク・ドエルさんや店の人々も入れよう。


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