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七人の使者・神を見た犬 他十三篇



ブッツァーティ

イタリアの、崩れそうな山脈の岩肌に穿たれた枯れた川や山崩れの跡など、風土に溶け込んだ背景描写が作者の住んだ土地を彷彿とさせる。ブッツァーティの優れた短編集。

よく知られた短編集「六十物語」から、15編を選んで訳されたそうで、これだけを読んでもブッツァーティの作風を存分に知ることができる。
「七階」は北村薫編の短編集で読んで、面白い、これはヨマネバと思って買ってきて、いつものように積んでいた。
今回 「#はじめての海外文学 vol.3応援読書会」に上がっていて、読みます宣言をしてやっと読み終えた。

不条理な日常の中に、不安、恐怖、恐れが潜んでいる。
周りの群衆に惑わされて後になって気が付く、眼には見えないもの、奇妙なものを恐れる気持ちは、人であればどこかに抱えている。
好んでそんな状況に飛び込むこともあれば、向こうからじわじわとやってきて巻き込まれたり、不意に突き落とされたりすることもある。
平穏な日常を、何気なく過ごしてはいるが、次第に導かれるように恐怖に近づいていくこともある。
ブッツァーティはそういった人間の根底にある恐怖を、特殊な環境設定であぶりだしている。平凡な日常にいると思い込んでいると、ふと気が付くこういった状況にいるということが実に興味深く、時にはあるだろう、不幸にも出会うかもしれない、という設定が興味深い。
ありそうな、でもまず出会いそうもない出来事も、独特の風景や環境設定が面白かった。

☆ 「七人の使者」
王国から出発して国境まで踏査しようと出発した。その時、年齢は30過ぎで7人の使者を連れていく。途中で母国に手紙を託して状況を知らせていたが、遠ざかるにつれて使者の帰りが遅くなった。すでにどことも分からなくなった国境に向かっていて、次々に使者を出したが、帰ってくるのに歳月が流れ、ついにはもう出した使者が追いつくかどうかわからないくらい遠ざかった。砂漠を越え村を通るが国境には目印もない、とっくに超えてしまったのか。目的が曖昧になりながらも先に向かって歩く話。なぜ、どうして。始めたことはもう引き返せない性もある。寓話的だがうら悲しい。

☆「七階」
微熱が出たので評判のいい病院に入った。7階は眺めも良く気に入った。ところが6階に移ってくれという、6階でも眺めはいい、まぁいいか。そうしているうちに5階に移った、細胞が少し破壊されているという。腕のいい医者は下の階にいるので移った。そのうちに湿疹ができた、治療機械が4階にある。などなどもっともな医者の話とともに治れば上に戻れるという希望とともに下へ下へ、重症患者のいる下の階に移っていく。一階はシャッターが下りている部屋も見える。よくなります。請け負います。あなたの病気は軽い軽いと言われながら、下の階に落ちていく。

☆ 「それでも戸を叩く」
☆ 「マント」
☆ 「龍退治」
☆ 「水滴」
などは非現実の中にまで潜む恐れを書いている。よくこんな題材でと思いながら印象的だった。

☆「神を見た犬」
街の人々は神や祈りとは無縁な暮らしをしてきた。
デフェンデンテ・サポーリは裕福なパン屋の老人から財産を譲られた。公開の場所で毎朝貧しい人に50キロのパンを恵むという条件付きだった。
デフェンデンテは籠に穴を開けて裏から数を減らしながらそれでも毎朝パンを配っていた。
丘の上の崩れかけた教会に貧しい隠者が住み着いた、町の人は地元の教会にもいかず丘の上など気にしないで隠者に近づきもしなかった。一匹の犬が毎日丘から降りてきてパンを一つ咥えて隠者の下に持って行っていた。隠者がいるとき丘の上に不思議な白い光が見えた。その光が白く輝いて大きくなったのが見え、隠者が死んだ。人々はしぶしぶ習慣で隠者を葬った。
しかし犬は変わらずやってきてパンを持って行った。隠者の犬なので神を見たかもしれない。人々はその姿を見て少しずつ生活が変わり始めた。人目につかない形ではあったが。
神を敬う心がない人々と、欲の皮の張ったパン屋と、いつもあちこちで見かけていた犬が教会の塀の上で死んだこと。そういった中からじわじわと滲みだしてくるような、人々の心の変化が、珍しく最終章でたねあかしもあって、いい話になっている。

☆ 「山崩れ」
☆ 「道路開通式」
☆ 「急行列車」
変わったこともない所から、次第に先が見えない状況に向かっていく恐怖。

☆ 「自動車のペスト」
普通ならありえない状況でも人は右往左往する。喜劇的な中に潜む滑稽な事件

☆「聖者たち」
生きていた時は神に仕える身でも評判は様々だったが、「聖者」と呼ばれて死ぬと天国に何不自由のない隠遁地が与えられた。ガンチッロは何かの間違いでこの「聖者」の中に入ることができた。
しかし本物の聖者になりたくてそっと奇跡をおこしてみたが、不発に終わり次の手もダ
メだった。珍しいコミカルな話。

☆「円盤は舞い降りた」
これもありえない状況で、教会の尖塔に舞い降りた異星人と話す、かれらは状況が全く読めないままなんとなく去っていく。異星人の描写もおもしろく可笑しい。


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