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国宝 (上下) 青春篇・花道篇



吉田修一

天賦の才能に恵まれながらも、より高みを目指す、運命と宿命を背負った男の、感動の物語.

#NetGalley.jp

国宝(上下巻)

華やかな長崎任侠の世界の新年を祝う宴会で起きる、権力争いの抗争シーンから幕を開ける。その時、大親分立花権五郎には息子喜久雄がいた。戦いに負けて親分を亡くした組は崩壊し、喜久雄はつてをたどって大阪の歌舞伎役者花井半二郎に預けられる。そこには花井半弥の名を継いだ息子の俊介がいた。

ここから喜久雄の物語が大きく動き出す。
彼は、既に組の新年会で余興の踊りを見せて、同席していた歌舞伎役者の立花半二郎を驚かせていた。預けられた半二郎の家で喜久雄は俊介の稽古を見て胸を躍らせた。
半二郎は、俊介と喜久雄に品性まで備わった女形の才能を見出す。

選んだとはいうものの選ばれたものだけが表舞台に立てる歌舞伎役者、中でも男が演じる女形という役になるべくして恵まれた美貌と才能、その上歌舞伎に魅せられなくてはならなかった喜久雄の運命の流れ。それはどんなことをしてでも辿らなければならなかった人生の一筋の流れ、それに喜んで命を懸けた喜久雄の宿命が、この時から華やかに峻烈に重く始まる。
喜久雄はたまたま見た女形の名優小野川万菊の踊りに魅入られてしまう。彼はここから女形という芸に向かって一筋に人生をかける。

このあたりは青春時代の若者群像のように明るい。芸とともに成長していく道程が鮮やかに描かれる。

語りの口調で進んでいく物語は、作者が準備した説話調の話し手の声が地謡のように物語の底を流れ、時には演目の由来や見どころを述べながら語り進んでいく。

この仮の声を聞きながら読み進んでいくのは、一時もとどまれないような喜びだった。
時には匂いたつような言葉で、演目と役者の所作を語る形も美しくわかりやすい。

喜久雄は厳しい芸の世界に絡んでくる世知の様々な出来事に悩む。家名の重み、それを継ぐ誉れと苦しみがそくそくと伝わってくる。
読みながらともに苦しみ悩み我を忘れてしまう。

喜久雄が地方巡業で得た苦しみから解き放たれ、役をもらって立ち上がった時に、襲名の屈辱から出奔した俊介もまたどん底から這い上がり再会する。新たな友情を深めた晩年まで、暖かい話もあり無常を感じる部分もある。

至高の芸域に達した喜久雄は、それでもまだ歌舞伎の世界を狭いものに思う。実際より豊饒な世界を目指し続け、その芸は神格化されたように客席からため息が漏れていても、より高い世界、解放された精神を伴う昇華された世界を目指していく。

至難の姫役という「鎌倉三代記」の時姫。「本朝廿四孝」の八重垣姫の人形ぶり。「祇園祭礼信仰記」の雪姫の難しい倒錯した踊りの形を書き表して見せる作者の見事な語りは美しく力強く勉強にもなった。
古典芸能を知るいい機会でもあった。おおらかな人柄ながら厳しい波を受け続ける主人公を作り出した作者の才能に感動した。


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