サイトをSSL化しました。セキュリティアップ!

検事の本懐



柚月裕子

佐方直人という見かけは冴えないが、熱血、法の番人魂が服を着たような面白いキャラクターは、現代でも色あせない人情と根性の両輪に乗せられ柚木さんの手中に嵌っている。

☆樹を見る
 県警で新年の訓示を述べる佐野は同期の南場とは仇敵のように火花を散らすライバル同士だった。人事異動で佐野は本部に南場は所轄に回され悔し涙をのんだ。
南場の率いる米崎管内でボヤ程度だったが不審火が17件起き、解決に手間取っていた。
佐野は嫌味たっぷりに検挙を迫り南場は焦っていた。
そしてやっと目星が突き胃の痛みから解放される時が来た。素行の悪い新井という男を微罪で逮捕し連続放火を吐かせるのだ。やっとここまで来た。遠回りになるが家宅捜査令状を佐野でなく地検から出してもらうのだ。新井を地検に送れば肩の荷が下りる。
しかし、米崎地検の副部長筒井から呼び出された。部屋に入ると部下の佐方が背後に立っていた。この事件の担当者だという。
佐方はこの事件は未解決だと言い切った。
引っかかることがあります。「遠目から見れば一面の樹海でも、目を凝らせば一本一本の木です」
何のことやら、南場の頭に血が上った。
佐方はここで本領発揮、事件をコツコツと調べて、その中に一つの齟齬を見つけていた。
木を見て森を見ずというが、佐方は森から一本の木を見分ける。彼のキャラクター造形がいい。野人のような上司にも恵まれている

☆罪を押す
 筒井は屋上での一服、至福の時間に佇っていた。同期の南部から、当たりくじを引いたな、といわれたそのあたりくじが隣に立って同じように一服していた。
南部は、彼は任官二年目だが、事件解決の手際がいい、自分が指導するは必要ないといった、優秀という言葉を使った。
お手並み拝見と行くか――
朝一の護送車から降りたのは「ハエタツ」こと小野辰二。貧相な野良犬のようで前歯がないためハイがハエと聞こえる。
ディスカウントショップで時計を万引きした。やったのか。まるで捕まえてほしかったようだ。
取り調べで「なぜ腕時計だったのか」と佐方は執拗に訊いた。
「ハエタツ」も家庭をもって平凡二暮らしたことがあった、パチンコを覚え、雪だるま式に借金が膨らむまでは。
ただハエタツは息子の手紙を後生大事に身につけていた。佐方は彼を起訴できません、と頑張った。
罪は償わなくてはならない。どんな理由があっても罪を押す。

人間に年齢は関係がない。その人間が持つ懐の深さは、生きて来た時間の長さではなく、その中で培われた価値観や倫理観によるものだと思う。若くても懐が深く底が見えないやつもいれば、歳をくっていても底が透けて見えるやつもいる。

これが柚木さんの作品の支えだしテーマだと思う。実に人間的な人情論だし世代や時代にかかわらず人が求め、共感を呼ぶ生き方に通じている。こういったテーマはともすれば情に流されてしまう弱さがあるが、柚月さんは文章の掴みに優れ人物造型もよく、その上話が面白い。

☆恩を返す
 思い迷った末に天根弥生は電話機を取りあげた「佐方くん、私」
佐方は故郷広島の幼馴染とした約束を忘れたことはなかった。あんとき――「忘れるわけがない」高校2年3月あれから12年たつのか。
弥生は結婚が決まっていた。だが現職の警官に強請られているという。弥生は母子家庭で育ち、ちょっと横道にそれた時、強姦されビデオに撮られた。
佐方は弥生と同級だった。遅刻する授業をさぼる、周りに無関心。佐方は問題だが成績が良かった。そのころ弁護士だった父が横領の罪で逮捕され有罪判決を受けていた。疎外感が二人を親しくさせた。
不良に絡まれた弥生を助けたが、佐方をかばった弥生は放校処分に佐方の供述は不問に付され不処分にされた、弥生は保護観察が解けて美容学校に進んだ、それ以後一度も佐方に逢わなかった。電話にも出なかった。
佐方はその恩を返した。彼の重荷が少し明かされる青春時代の話。やや軽く、佐方の過去にふれている。

☆拳を握る
 東京地検特捜部から各地の地検に応援要請が来た。上昇志向の強い事務官の河東は奮い立った。しかし地方出の事務官に回ってくる仕事は来る日も来る日も押収資料の確認だった。三か月。周りには倦んだ空気が広がっていた。長引く捜査に上層部も焦っていた。関係者を呼んで痛めつけるやり方で、容疑者でないもの、ただの参考人の葛巻を拘束尋問しようとして逃げられた。
葛巻はこの贈賄事件の関係者で金を運んだとみられていた。彼は身に覚えがないといって逃亡していた。
逃げた葛巻の叔父は佐方を信頼して行方を教える。佐方は調書を確かめ上層部の作為を知る。そして足で確かめる。
葛巻を助けるためでなく、法に対する誇りのため。新しい事実が明らかにされ立件された。
佐方の事務官に臨時に任命された河東は、特捜の手柄という筋書きの前から消えた佐方の握りしめた拳を見た。

☆本懐を知る
 週刊誌記者の兼先は「闇の事件簿」という連載を受け持っていた。ネタに困って雑談中に、珍しい実刑を受けた弁護士がいるのを思い出した。身内でかばいあう世界でなぜ?
彼は動き出した。佐方弁護士か。調べると息子が検事になっている。面会を求めると当然無視、振り払われた。彼は調べる。
そして疑問は募る。佐方の父が顧問会社の社長が遺言で残した金を預かったままにしていたのか。遺族の金を隠匿したという訴えに、無言を通して逮捕されたのか。
罪を認め私財を処分して金を返したが,黙秘を通したことで心証を害し、遺族の処罰感情の大きさで判決は重かった。なぜ何も抵抗せず判決を受け入れたのか。
そして収監中に癌で亡くなっていたことを知る。
なぜ今も佐方がその質問には強く拒否反応をするのか。

これはミステリであってもより世話物に近い人情噺だが、柚月さんはとても話上手でつい引き込まれ、佐方親子の筋の通った潔さに打たれる。
こういう姿勢が磨かれていき次々に時間を忘れるほど面白い物語を生み出すのだろう。
最初に「蟻の菜園」を読んだときは、法廷を離れると少し完成度が落ちるのかと思った。
それでも柚月さんの本をつい手に取ってしまうのは、シリーズの主人公、佐方弁護士が過去に検事だったということに興味が湧いていたこと。検事をやめた裏にはどんな面白いエピソード(出来事)があるのだろう。

佐方貞人シリーズは「検事の死命」が残っている。

話題の   孤狼の血 日本推理作家協会賞
      凶犬の眼         
      慈雨
      盤上の向日葵 山田風太郎賞候補
もある。

佐方さんと初めて出会ったほっこりミステリーの中の「心を掬う」は
2013ベストミステリー(講談社)にも収められている。

長くてすみません 陳謝!


お気に入り度:★★★★☆
掲載日: