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緋色の記憶



トマス・H.クック

原題(The Chatham School Affair)の通り、ニューイングランドのチャタム校で起きた事件である。
8月、海辺の村に停まったバスから緋色の襟から襟足を輝かせた女性が最後にゆっくりと降りてきた

この「緋色の記憶」は1998年3月だからシリーズ最初のものになる。題名は翻訳の際につけたもので、原作とは別だとしても、この記憶シリーズ4作はファンも多く、おもしろかった。

当時チャタム校の生徒であったヘンリーは教会の階段で本を読みながらそれを見ていた。それがミス・チャニングであった。
海辺の片田舎の町にふさわしくない美貌の女性に出会ったこの時のヘンリーの印象は、
後になって「時よ止まれ」と思わせるくらいに輝いて見えた。父はそこの校長で、
彼女を黒池と呼ばれる沼のほとりのコテージに住まわせ、美術の教師にする。
父親と世界を旅し自由な気風を身に付た彼女の授業は、男子校であり厳格な校風のチャタム校ではまず好奇心で迎えられる。
そして、そこには戦争で足が不自由になり木の杖をついている、レランド・リードという教師がいた。
彼女は次第に彼に惹かれていく。彼は、黒沼に沿って回っていった先に妻と子供が住む家を持っていて、
彼女は時々そこにボートを出しているリードの姿をみる事ができた。リードは彼女と二人でいつか海岸から船出して自由な世界へ出て行きたいという夢をもってしまった。

15歳の夏から始まるこの死と別れの話は後年帰省して法律事務所を開いた老いたヘンリーの記憶が呼び起こす物語である。

過去の出来事は現在の風景の中から現実のように思い出され立ち現れてくる。
そして記憶の底にうずもれていた真実に突き当たるのである。
ひとつの風景からちょっとした出来事から、過去の細かな出来事が蘇えってくる。クックの作風は時間を過去に引き戻しながら、最後には思いもよらない結論を導き出す。すでに人々の中では終わったはずのものたちの、奥に隠された真実が心を打つ。

そして、長い回想のなかに生き生きと登場した人々が、いまはヘンリーとともに老い、
すでに影でしかないということも深い闇の底を覗くようである。


お気に入り度:★★★★☆
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